下に降りてテレビから流れる笑い声に煩わしさを感じて消してしまおうと卓袱台を見渡すけど、いつもあるそこにはなくて芸人のボケにワッと会場が一斉に笑って五月蝿い。
卓袱台の下にもなくて視界に入ったテレビの下のラックを開けてみた。そこには入っておらず閉めようとした瞬間、視界に一冊の本が止まった。
ただの興味本位だった。この家で本なんて一冊も見なかった所為かその異物が不思議に思えて、手は自然とその本に伸びた。文庫本くらいの大きさで見た感じボロボロで読み尽くされてるものだとすぐ分かった。
光沢がある質感のそれを掴んで表紙を見ると『はじめての手話』とゴシック体の青い文字で書かれた本だった。
「ーーーーーー」
カイさんは手話はしない。
手話は会話するための1つの手段だ。私やアスカさんやヨシノさんとは言葉を使って話す。
手話を使わなきゃ話せない人、
それはーーーーアヤセさんだ。
酷い頭痛と動悸に襲われた。
アヤセさんは耳が聞こえない。そのため声を拾えない人は手話を使ったり筆談で会話をする。この本はアヤセさんのためによる本で、アヤセさんとの1つの会話のための手段。
けどアヤセさんはこの前アスカさんと話してる時、アスカさんの唇の動きを見て言葉を理解していた。けど人間誰しもすぐ出来るシステムは脳にインプットされてる訳がない。
おそらくこの本はアヤセさんが聴覚に障害を持ち始めた頃に買った本なのかもかしれない。
ボロボロに読み込まれたこれはカイさんが必死になって勉強した証拠を物語っていた。

