アヤセさんの目にも届かない声も聞こえない触れられない場所へ行ければ私はただそれだけで良くて他は何もいらない。
「ペン止まってる」
さっきから全く進まない勉強にカイさんが少し口元に笑みを浮かべながら開く問題集をチラッと見る。
カイさんの言う通り問題集には印刷された文字以外で私の手から生まれた文字は何1つ乗っていない。場所を変えたからと言って勉強が身に入ると言ったらまた別の話で、私の脳の容量は既にカイさんで埋まっているのにそれに加えて数式やら漢字やら他国語が入るわけがない。
「随分難しそうな本を読んでるなと思って」
「昔、高校生の時、臨床心理士になりたかったんだよ」
自嘲するような笑みを浮かべて紡いだその言葉に、私の知らないカイさんを初めて見たような気がした。今の私と同じ年齢だった頃のカイさんは、まだ社会というものが分からないのに人生の選択をしなければならない課題にどう答えたんだろう。
先生から与えられる言葉にイマジネーションを広げてもあまりしっくり来なくて、そんな過去がカイさんにもあったんだとしたら全てを知りたくて堪らない。
「けどマトモに勉強なんかやってねぇから時期的にも遅くてやめた」
「私が言うのもなんですけどカイさん実は凄く賢い人だと思います」
「そんなこと言うのはあんたぐらいだよ」

