無造作に整った黒い髪も、切れ長の鋭い瞳も、筋が通った鼻も、その匂いも全部、私のものだったものだ。
まるでメデューサを目の当たりにしたかのように呼吸も瞬きも忘れ、自分の体が石になったんだとすら錯覚を起こす。
…逃、げな…きゃ…。
直感的にそう思った。この場にいちゃいけない、と瞬時に頭の中でサイレンが響いた。
夢だと思えばいい。今すぐ忘れて無かったことにしてしまえばいい。
そしたらまだ間に合うんだ。
この4年を無駄にしなくて済むのだと、結論付けてしまおう。
囚われる視線から無理矢理逃げて今見たことを今ここで消すしかない。
ここで捨てていかなきゃいけないんだと。
俯いて履き古した黒いパンプスの爪先が視線に入った。
そうだ、私の”リアル”はここにある。それは私がずっと望んでいたものだ。
大人に化けて知恵を与える人間であって、それが今の私で今の私の総てだ。
だから違う。今目の前にあるのは私が望んでるものじゃない。
今見たことを脳裏から無理やり剥がして浮かぶ残像を焼き払うイメージを瞼の裏で思い描け。
もう二度と思い出さずに済むように、ここで全部0に戻す覚悟を。
「……失礼、します……」
絞り出した声は震えていた。
カイさんはこんな失礼な態度をとる私をどう思っただろう、なんて自嘲を零しそうになる。
俯いたままカイさんの脇を通ったその時。
「ーーーーーーハナ」

