1982 年7月23日長崎大水害。

森田さんも私も大泣きをしていた。


服も頭もびしょ濡れ状態、喉も乾いていたし、


お腹もすいていたから、尚更泣けた。


その時一台のバスが人を乗せて目の前をゆっくり通り過ぎようと


していた、「あんたの家の方向に帰りバスよ、乗るのよ」

「でも、森田さんを置いていけないよ、絶対に」

「いいの、ダメこれ逃したらもう帰れないよ、私の事はいいから

私のバスも来るよ」

「うん、じゃあ乗るね、ごめんね」


バスに乗った者の森田さんが気になった,その時バスの運転手が叫んだ

「すみません、もうこれ以上行けませんので降りてください」

と私は運転手に元の場所に降してくれるように頼んだ。

降りたら森田さんの姿はなかった、後から聞いたら歩いて帰ったって。


私は、一人ぼっち家までの道は、1メートルの水かさがあり帰れず

びしょ濡れになりながら、駅前をさまよっていた、涙のオンパレード

カップルに声をかけたら、同じ方向に人で一緒にタクシーに乗ったけれど

結局家の方向に帰れずにカップルは、グランドホテルに私を降ろし避難させると

どっかに消えて行った、勿論電話も家に繋がらない状態で、そのホテルには


帰れない人がたくさん非難をしていた。