望夢、お母さんね。

「お母さん、やだ…。」

もうこの家を出て行くの。

「お母さんっ…!」

お父さんのこと…

「……⁉だめっ。言わないで…!それ以上は…もぅ………」

もぅなんとも思ってないの。好きじゃないの。もちろん…お父さんにそっくりな…

「いや……いや…っ……ぃ…」


望夢、あんたもね。


……。


「おかぁ…さ…っ……ハァハァ…」

時計を見ると9時半を過ぎている。

…いつの間にか寝ちゃってた。

ご飯も食べてないけど…食べたい気分じゃない…。

お腹痛いって嘘ついとこう…。

コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。

「…はい?」

「俺だけど。」

私は返事をしなかった。

「………入っていいか?」

私は無理、来ないで。とだけ言い布団の中に潜り込んだ。

「…わかった。入るよ。」

遠慮もせずに部屋に入ってくる日向はベッドの端っこにゆっくりと腰を下ろす。

日向はなんにも喋らない。
……。

「…私、来ないでって言った。」

「うん。」

私は少し日向に苛立った。

「なに?なんで来たの?部屋から出て行って。…お腹痛いから。」

「うん。」

日向に八つ当たりしたくない。

「…聞こえないの⁈もぅっ、出て行ってよ!!!!」

私は布団から上半身を起こし日向に怒鳴る。

やだ。日向はきっと心配してここにいてくれてる。なのに私は………。

「うん。俺もそうしたい。」

え…なに…どういうこと…?

「俺も望夢が出ていけって言ってるから出ていきたい。」

…じゃあなんで………

「でも身体が動かない。お前は俺に出ていけって言ってるけど、俺には助けてほしいって聞こえる。」

……助けてほしい?

「なにがお前を苦しめてこんなにひどい顔にさせてんのか知らねぇけど、1人で抱え込みすぎじゃない?もっとわがままになれよ。素直になれよ。雨が怖いのも家族に遠慮してんのもお腹痛いとか嘘ってことも…!全部お前のことはわかるんだよ、馬鹿。」

「………。」

日向は私を引き寄せる。

「…吐き出せよ。全部。身体の中にあるモヤモヤとか黒いのは全部毒だ。はやく吐き出さないとお前…いつか死んじゃうぞ。」

……。

「日向はお医者さんみたい…私をいつも助けてくれる。だから今日まで生きてこれた。自信を持って言えるよ。」

日向はなにも言わない。

「でもね、日向。私ねもう限界だよ。苦しいよ。雨が降るとお母さんが夢にでてくるし、お父さんのこと思い出す…。この家でおじさんとおばさんと住んでることも罪悪感でいっぱいになる。日向にだってたくさん迷惑かけてる。…居場所がほしいの。どうすればいいの…?弱虫な自分が…なんにも1人じゃ出来ない自分が…私は大っ嫌い…っ!」

日向は私を抱きしめた。

「…お前は馬鹿だ。なにが限界だよ。なにが罪悪感だよ。迷惑なんていつかけたんだよ。居場所?…んなもん、ずっと俺のそばにいればいいだろ⁉ずっとそばにいてくれよっ…!」

日向の悲鳴のような声が部屋に響く。

私を抱きしめている腕が少し震えている。

「お前は弱虫なんかじゃない。ずっと1人でそうやって抱え込んで誰にも心配させないように必死に隠してる。周りをよくみて行動してる。お前はずっとずっと強いんだ。誰よりもいいこなんだ。でも、俺はそれが馬鹿だと言ってる。もっと周りの人を頼っていいんだ。素直になって、わがままになればいい。」

「…日向。」

日向は私の顔をみる。

「…ひどい顔。…よく頑張ってる。お前はよく頑張ってるよ。」

ティッシュで私の涙を優しく拭き取る日向。

「日向…ありがと…さっきの台詞…愛の告白?」

日向は目を見開いた。

「ずっとそばにいてくれよ。ってやつ。」

日向は顔を真っ赤にしている。

「…眼鏡ずれてるよ。」

私は日向の眼鏡に触れた。

「…いいよ、自分でなお……⁉」

私は日向の眼鏡をとりおでこに軽いキスをした。

「私の居場所…見つけたよ。」

私は少し赤面しながらも日向に笑顔を向けた。

「そういうことはやめろ。馬鹿。…我慢出来なくなったらどうしてくれんの?」

「…?どうもしない。」

日向はため息をついて少し意地悪っぽく笑う。

「じゃあ今から押し倒そうか?」

「…日向は絶対にそんなことしない。」

日向は少し黙り込んで悔しそうな顔をした。

「あーぁ、日向に泣かされてお腹減った。晩ご飯食べに行く。」

「俺のせいにすんなよ。馬鹿。」

幸せってこういうことなのかもしれないと思った。

誰かが自分を必要としてくれる。

これがきっと幸せのうちの1つなんだ。