夕方の住宅街は、静けさに包まれていた。
俺は独り、その中をゆっくりと歩いていく。
目的なんかあるわけじゃない。
ただ、なんとなく学校までの桜並木を歩きたかった。
未知と二人で通った学校までの道を、歩きたかったんだ。
夕方の桜並木は、朝や昼間とは違う雰囲気を持っている。
道路に覆いかぶさるように大きな木たちが、闇から護るみたいにずっと立ち並んでいる。
学校帰りに踏みしめたピンクの絨毯は、夜の闇にくすんで見えた。
俺は、足元ばかりを見つめ歩を進めていせいで、少し先で動く小さなものになかなか気付かなかった。
数歩進んで、聞こえてくるか細い鳴き声に首をめぐらせた。
にゃあ……。という声に視線やると、小さな体が木の幹に寄りかかるようにして横たえられていた。
「お前……、怪我してんのか……」
自転車にでも跳ねられたのか、キジトラの仔猫はうしろ足に大きな傷をつくっていた。
いつからここにこうしていたのか、血は既に黒く固まりつつある。
猫は、近寄る俺に痛みと警戒心を滲ませた目を向ける。
「痛かったろ?」
怯えた顔の仔猫にそっと近づき、傷のある箇所に右手を当てる。
黒ずんだその傷に触れ、力をこめた。
「……あ……、そっか……」
癖のようにして、傷に手を当ててしまってから、力なく引っ込めた。
「ごめん……。俺、もう治してあげられなくなったんだ……」
癒す力を失った俺は、その仔猫に何もしてあげられない。
どんなに痛がっていても。
どんなに瀕死の状態でも。
救ってあげられない。
目の前で、ただ弱っていく姿を見ていることしかできない……。
あの時、未知に何もしてあげられなかったように……。
この仔猫にも、何もしてあげられない。



