母は、いない――――――。

それは、力の開花を誘発した出来事だった。
なぜそんな結果になったのか、私は今も知りえない。

小学校に上ったばかりの頃だったと思う。
私の頬に、やわらかく触れる優しい手のことを記憶している。
その後、去って行く後ろ姿とともに。

二度と戻る事の無かった母の顔がどんなだったか、私は少しも記憶していない。
写真さえ、家の中には残っていないのだから。

ただ、幼いながらもあまりの悲しみと絶望に狂い泣き、祖母をひどく困らせた。
そうして、その悲しみと絶望によって、私の能力は開花したのだ。

それは、大地を震わすほどの振動。
今まで耳にしたことのない、切り裂くような音の洪水が、私の泣き叫ぶ声と共に惣領家を襲った。

「お母さんっ!! 行かないでーーーっ!!!」

母のあとを追う私の体を、祖母は必死に抱きしめ押さえ込んだ。

戻ってきて欲しい。
行かないで欲しい。
傍にいて欲しい。

その一心で母の背中に向かって私は叫んだ。

何度も何度も、行かないでと……。

けれど、どんなに泣き叫んでも、母が振り返ることはなかった。

今思えば、あの時の地震のような揺れも、耳をふさぎたくなるほどの音も、泣き叫んだ私の声も。
全て、祖母の力によって周囲には遮断されていたのだろう。
だから、何度母を呼ぼうとも、その声が届かなくて当たり前だったのだ――――。

何度、力の限りに叫んだとしても……。

その時、父は会社に居たのか、どこで何をしていたのか、私はまったく記憶していない。
ただ、家の中にいたのであれば、あの状況を経験しているはず。
一般人の父がその頃の事について何一つ語らないのは、きっとあの家の外に居たからだと思う。

ただ、後に。
父は祖母から、出て行った母の事を聞かされただけ……。

それ以来、あの家には祖母と父と私の三人だけとなった。

中学二年になり、祖母が他界してからは、父との二人暮らしになってしまった。
父子、たった二人だけ。

だから、尚更。
私は、一般人として生きてきた。

普通の人として。
父と一緒の、普通の人間として。