「ごめん、それ、取ってくれない?」
時刻は夕暮れ時の教室に、不意に柔らかな声がした。顔をあげると、少し癖っ毛のあるショートカットの女の子がいた。
「え?」
「それ、取ってくれない?」
彼女はさっきよりもはきはきと話しながら前方を指差す。さした方向には銀色の物体。
「えーと…これ?」
「うん、それ!ありがとう!」
彼女は銀色の何かを受け取って、くしゃっと笑った。
「……何それ?」
俺は彼女にたずねた。彼女は少しびっくりしたような顔をして
「知らないの?」
とまた柔らかな声で聞いた。
「うん…知らないけど…」
それは実験とかでよく使われるろうとのような形をしていた。俺はそんなもの見た記憶はないのだが、そんなに驚かれることなのだろうか。
「これはね、マウスピースっていうの」
彼女はそう言って、マウスピースに口をあてて息を吐いた。
『ぶーっ』
低く振動する音。お世辞にも綺麗な音色、とは言えないような音だった。
「……何それ、楽器?」
「んー…楽器、というか、楽器の一部?かなぁ?」
彼女は二重の丸い目をぱちくりしながら答えた。
「これの、ここにつけるんだよ」
彼女は教室の隅にあったケースから金色の楽器をとりだした。それは俺もテレビで何度か見たことがあった。
「あっそれ見たことある。えっと……」
何という楽器だったっけ。名前が思い出せない。
「トロンボーン、って言うんだ」
彼女はトロンボーンを大事そうに抱えながら、またくしゃっと笑った。
「とっても綺麗な音なんだよ」
彼女がとびきりの笑顔で言う。

ーーーそのとびきりの笑顔はとびきりに可愛らしくて、俺は数秒の間、目がはなせなかった。