手をのばす

どこに行っていいかわからず、私は結局アパートへ向かってのろのろと歩き出した。


沢渡に会いに行こうか。


ふと頭にそんな考えが浮かんだけれど、いつものように明るく振舞える自信がない。

迷ったまま喫茶店の前に着いてしまい、立ち止まって軒先を見上げた。


どうしよう。入るか、帰ろうか。

でも、話したい気持ちもある・・・・・・。

聞いて欲しい気持ちもある・・・・・・。


腕時計を見る。20時。

お店は混んでるだろうか、沢渡と、話せるだろうか?


ちょっと覗いてみて、混んでるようだったら帰る。

そうしよう。それでいいんだ。


やっとそう決心して、ドアの前に立った。


ノブに手をかけた瞬間、まだ店に入ってもいないのに、

「いらっしゃいませ」と声がかかった。


顔をゆっくりと横に向けると、ほうきを持った沢渡が立っていた。