あれから、沙耶とは会っていない。

沙耶と出会わなければ、あの時沢渡への恋心だって生まれなかったはず。

あの恋の結末は、悲しいものであったけれど。

でもそれから目をそらさず、飲み込んで、消化できた。


あの短くても濃密だった時間が、今は懐かしく思える。



沙耶は今、どうしている?

幸せに、過ごしている?



自分の鏡みたいだと思った存在。



「もし、どちらかに先んじたれたら、そのときはどうなるの?」


今度は自分に問いかけた。


でも・・・。

今ならきっと、先んじられる怖れより、もっと大切にしたいものが分かる。

そんな気がする。

お互いがお互いに手を伸ばした。

届くと信じて。

でも鏡は鏡だった。

同じ手を差し出しているはずが、それは同じではなかった。

どこかゆがんで映り、いつしか相手が見えなくなった。



ボックス席の華やいだ声。

彼女達は、どうか分かり合えますように。



私はそっとスツールを降りた。



(了)