3年生の部員が制服を着て学校に集まってきた。
和人の母の葬式へ向かうためだ。
葬斎場は学校からは少し遠かったが、顧問の楠田がワゴン車で連れて行ってくれることになっていた。
「おっ、みんな揃っているな。」
楠田は部員より少し遅れてやってきた。
すぐに3年生6人と楠田は車に乗り、葬斎場へと向かった。
「なあ、線香のあげ方って知ってるか?」
「いや、たしか線香じゃなくて粉みたいなのをおでこにつけて燃やすんじゃないか?」
「どうしよう、俺やり方わかんねえよ。」
「俺もだよ、とりあえず俺一番最後な。」
車の中で、部員たちはずっとしゃべりっぱなしだった。
だが、英だけは一言も口をきかず、ずっと窓の外を眺めていた。
和人の母を知っているのは英だけだったし、英と和人が親友だということは当然知っていたので、誰もが英に気を使い話しかけることはしなかった。
15分ほどで車は着いた。
皆車から降り、神妙な顔つきで楠田を先頭に葬斎場へ入る。
受付で名前を書き奥へ進むと、祭壇の前の親族席に座っていた和人が気づいたらしく、楠田に会釈をした。
楠田も会釈を返し、後ろの方の席へ部員と一緒に座った。

葬式は1時間ほどかかった。
それが済むと次は親族が遺体とともに火葬場へと向かう。
和人がバスへ乗り込もうとすると、英が寄って来た。
「和人、・・・ごめんな。」
英がいきなり謝りだしたので、和人は驚いた。
「ごめんなって、何をだよ。」
「いや、その・・・、とにかく早く元気になってくれ。」
英はそう言うと、慌てて仲間のところへ戻って行った。
和人は英が何を言いたかったのか考えた。
そして、昨日の試合の結果が悪かったのだという答えを導き出した。
(そうか、負けたのか。中学校での俺たちのサッカーは終わったんだな。)
和人はそう思いながら、楠田や部員達に礼をしてバスに乗り込んだ。

「いけね、昨日の試合のこと和人に言いそびれた。」
清水の声で、皆がはっとした。
「そうだった、見事な勝利を報告するつもりだったのに。」
「グラウンドで待ってるってこともな。」
走り去っていくバスを見ながら誰もが残念がった。

葉山中は思っていた通り強かった。
序盤から葉山中のフォワードが、緑丘中のゴール前に何度も攻め込んで来た。
だが、緑丘中は少しポジションを下げ気味にし、決定的チャンスを与えなかった。
押せ押せムードの葉山中は、ディフェンダーも次々に攻撃に参加しだした。
(いいぞ、もっと攻めてこい。カウンターの餌食にしてやる。)
英はじっと味方のチャンスが来るのを待っていた。

そしてついにその時がきた。
前半23分、葉山中のディフェンダーがオーバーラップをして自陣に攻め込んできた。
澤田と桑田が体を張って止めに行く。
ボールを奪い返した瞬間、英から声がかかった。
「桑田、こっちにパスだ。」
桑田がパスを出して、英が受け取る。
英から、すぐに攻め上がった松永にパス。
松永は逆サイドの敵ディフェンダーの裏にふわっとしたボールを蹴りこむ。
清水が驚異的なスピードで飛び出しワントラップ、前に出てきたキーパーをかわし、ゴールを決めた。

見事なカウンター攻撃だった。

葉山中は前半のうちに何とか同点にしようと、さらに攻撃を厚くしてきたが、緑丘中の選手たちは、清水以外下げ気味のディフェンスに徹し、なんとかしのいでいだ。
そして前半終了間際、葉山中のコーナーキック。
緑丘中はヘディングに強い清水をゴール前に置き、11人全員がディフェンスの態勢をとった。
誰の目にも緑丘中が前半を1点リードで終了しようと思っているように見えた。
「松永、俺はディフェンスしないぞ。」
「えっ?」
英が松永に耳打ちした。
「俺はこっそり前線に移動する。味方がボールを奪ったらおれの前にボールを蹴りだすように指示してくれ。」
「わかりました。」
英の意図を読み取った松永が、にっこり笑った。

コーナーキックのボールがゴール前に飛んできた。
清水がマークする長身のフォワードに合わせているようだ。
清水が競る。
だが一瞬早く相手の頭がボールを捕らえた。
ボールはワンバウンドしてゴールの左隅へ。
ゴールの左端にいた澤田が反応よく足を延ばす。
ボールはその足に当たり密集している選手たちの頭を越えた。
そのルーズボールに最初に追いついたのは松永だった。
松永はダイレクトにボールを大きく蹴りだす。

英と相手ディフェンダー一人が追った。
ボールは緑丘中から見て中央よりもかなり右に、センターラインから葉山中側コートへ10メートル程の地点に落ちた。
先に追いついたのは英だった。
相手ディフェンダーが行く手を阻む。
1対1。
英がドリブルしながらフェイントをかける。
ボールをまたぐ、1回、2回。
そして和人を抜いた時のフェイント。

次の瞬間、相手ディフェンダーは置き去りにされていた。
独走だった。
キーパーがシュートコースを狭めようと英の方へ飛び出す。
英は冷静にループシュート、ボールは無人のゴールへと吸い込まれた。
そしてここで前半終了のホイッスルが鳴った。

「よく走ったな、英。」
仰向けに倒れ込んで荒い息をついている英に、清水が寄ってきて声をかけた。
「ハーフタイムになって助かったぜ。きついのなんのって。」
「肩貸そうか、ベンチで監督が待ってる。」
「いいよ、怪我したわけでもないのに。」
英がにっこり微笑んでゆっくりと立ち上がった。