翌朝早く、母の遺体は病院から10キロほど離れた葬斎場へ移された。
そして午前7時頃には、祖父母(母の両親)と叔父(母の弟)が関西からいち早く駆け付けた。
叔父が運転する車で夜中に出発して、やっと着いたのだ。
和人は祖父母が遺体の前で泣き崩れたので、また自分も泣き出しそうになった。
いつも優しすぎるほど優しい祖父母の悲しむ姿は、和人の胸を打った。

それからは徐々に人が集まってきた。
人が集まると、和人の気持もいくらかまぎれた。
だが、昨夜は一睡もしていなかったので、だんだん頭がボーとしだした。
その和人の様子に気づいたかのように、叔父が
「和人は全く眠ってへんのやろ。隣の部屋は休憩室やからちょっと休んどき。兄さんも休んだ方がええで、先はまだ長いよって。」
と言ってくれた。
父・正和は、自分はまだ大丈夫だからと断ったが、和人には休むように言った。
和人は素直に従い、隣の部屋に行き、やがて深い眠りについた。


「監督、橘先輩のお母さんは大丈夫ですか?」
楠田の姿が見えるなり、2年生の松永が尋ねた。
「おっ、さすがに松永は早いな。他の部員はまだ来ていないか。」
集合時間の20分前だった。
松永は2年生ながら3年生を手玉に取るほどのテクニシャンだ。
でも実力を鼻にかけるような嫌味がない。
むしろあまり目立ちたがらず、チームを陰で支えるような謙虚なタイプだった。
いつも集合時間には1番に来ている。
「残念だが、昨晩亡くなった。かわいそうに、橘はものすごくショックだろうな。」
「そうですか・・・。」
松永は和人の母が容体を回復し、和人がゲームに出られるのではないかと期待していたのだ。
その後徐々に部員たちが集まって来たが、皆同じ気持ちだった。
一様に和人の母の容体を尋ね、結果を聞くと顔を曇らせた。
「よし、そろったな。バスに乗り込め。」
楠田の号令でバスに乗り込み、一同は試合会場へと向かった。

「皆聞きなさい。」
試合前に部員全員を集め、楠田が言った。
「今日の試合に負けたら、そこで3年生は引退だ。でも勝てば次の試合がある。確かに葉山中は強敵だ。だが全員が持てる力をすべて出せば勝つ可能性は十分にある。この1回戦、必ず取るぞ。」
「はい!」
全員が声を上げた。
「監督、和人は2回戦に出れますか。」
ふいに英が尋ねた。
「来週はまだ無理だろう。出れるとしたら3回戦からだが、本人の気持ち次第だ。なにしろ今まで体験したことのない大きな出来事だからな。」
少しの時間、皆が黙りこくった。
「みんな・・・」
清水が意を決して声を発した。
「今日の試合と2回戦、必ず勝とう。」
皆がいっせいに清水を見つめた。
清水は全員の顔を見渡し、続けた。
「そして和人を・・・、和人を迎えに行くぞ。」
「おう!」
気勢をあげて、選手がグラウンドに飛び出した。