「表をあげよ。」

青宝帝の言葉に、白翠は静かに顔を上げた。

「新しき斎宮よ。そなたの力を、正しい道のために使って欲しいと思うぞ。」

「は。」

青宝帝の言葉をうけ、もう一度首を深く垂れた。

白翠が顔を上げるのをみとめると、青宝帝は扉の方にチラリと視線を向けた。


ギィ……。


突然、突然大きく開かれていく。

扉の先に立っていた青年の姿をみて、白翠は思わず息を飲んだ。


白刃のことき煌きをはなつ銀色の髪。

怜悧な光を宿す月色の瞳。

神ですら霞んでしまうほどの美貌。


青年の視線が王へと向く。


「遅いぞ、斎葵。あまり花嫁を待たせるな。」

息子の名を呼び、国王は口元に笑みを浮かべて言った。

「だまれ、クソ親父。」

美貌の青年の口から飛び出した、仮にも皇子である言葉とは思えぬ発言に、場は騒然とする。

さすがの白翠ですら呆気にとられて青年を見つめた。

しかし、当の青宝帝はまったく気にした様子もなく、むしろ楽しげに言った。

「おいおい、仮にも父親に向かってその言い草はないんじゃないか?」

「ぬかせ。俺は貴様を父親と思ったことはない、馬鹿親父。」

「やれやれ、反抗期か?」

「誰がだ!」

「あのなぁ、斎葵、お前が俺や神を憎むのはわかるがな、そう駄々をこねるな。」

「俺が神どもを嫌う元凶のてめーがいうな。」

そこで青年……斎葵の視線が白翠はに向く。

「あんたが斎宮か?はっ、花嫁だと?笑わせるな。親の言いなりになるしか脳のない小娘が。残念だったな。大方、王族のガキが欲しいんだろ?父親の命令か?ふざけんなよ?世の中そんなに甘くねーんだよ。わかったらとっとと諦めな。なぁ、柳家の世間知らずの姫さんよぉ?」

あんまりな暴言に言葉を失う白翠。




凍りついたその場が回復されることはなかった。
✴︎

















✴︎

王城の一室にて。

「なんなのよっ!!あれはっ!!!世の中そんなに甘くないですって!?んなことあんたに言われなくても身を持って知ってるわよっ!!!猫もかぶれないあんたには言われたかないわよクソ皇子っ!!!」

謁見の間から帰って来た白翠は荒れていた。

「白翠ちゃん……。おいついて?」

「これが落ち着いていられるかっ!!!」

遠慮がちに言う静流の言葉を無視して続ける。

「私の忍耐力を褒めて欲しいわっ!!本当だったらあの場で弓の蜂の巣にしてやるとこだったわよっ!!別に歓迎してくれなくたっていいけど、あれはないでしょ!?あり得ないわ!!誰が世間知らずの世!?誰がっ!?」

「落ち着いてよ、白翠ちゃん。聞こえちゃうよ。」

静流の慌てたような声音にいくらか落ち着きを取り戻す。

「……だいたいなんなのよ。神様が嫌いって。そういえば、あのド腐れ皇子が来た時、だれかが『化け物皇子』って言ってたけど……。」

「それは蒼斎葵殿下が、人間ではないからだよ。」

「……人間ではない?」

「うん。」

静流は小さく頷き、言った。

「あのね、斎葵殿下は、確かに国王様の子どもで、歴とした皇子様だけど、そのお母上は、人ではなく、堕天神なんだよ。ほら、白翠ちゃんも見たでしょ?斎葵殿下の髪と瞳の色。あれは人間の持つ色素じゃない。」

「えっ、じゃああいつって、神様の血をひくってこと!?」

「うん。……堕ちた神様だけどね。」

「堕ちた神……。まさか、あの青宝帝が、神の力を取り入れるために……。」

「多分。普通の神様じゃそんなことできないけど、神子の力で縛れる堕天神なら可能だよ。」

「……なによそれ。神様をなんだと思ってるのよ!!」

「そう……だね。でも、人間ってそういうものだから。」

いつもとは違う、大人びた物言いをする静流に、白翠は不思議そうな視線を向けた。

「ところで、どうして静流はクソ皇子のことそんなによく知ってるの?それに、見たわけじゃないのに容姿を知ってた……。」

「あくまで人に聞いた話だよ、白翠ちゃん。」

にこっと子供らしい笑顔でそう返される。

「うーん。静流、なんか少し大人っぽいかも?」

「ええっ!?ひどいよ、白翠ちゃん!ぼくのこと、そんなに子どもだとおもってたの?」

「いや、だって子どもでしょ。」

「う……。ひどい……。」

ぷうっと頬を膨らませてそっぽを向く静流に、白翠は思わず吹き出した。

「ひどい!笑わないでよ!!」

「ごめんごめん。そういじけないでよ。」

笑をこらえ、白翠は優しく静流の頭を撫でた。

「……大丈夫だよ、白翠ちゃん。白翠ちゃんはぼくが守る。……だれにも渡さないから。」

「ん?何か言った?静流?」

「ううん、なんでもないよ、白翠ちゃん。」

そう言って嬉しそうに目を細めた。
✴︎














✴︎

「斎葵殿下。さっきのは言い過ぎです。斎宮さまを怖がらせてしまいます。それにあなたの評判が……。」

「うるさい!」

……わかっていた。
自分がいい過ぎたことぐらい。
それでも自分を押さえていられなかったのだ。

斎宮となる娘が、あの時の瑠璃の瞳を持つ少女とかさなったから。






花は散り
雪は溶けゆき 彼方へと
変わらぬものも なしと思へば





『あなたの髪と瞳、とっても綺麗。まるで真珠みたい。』





「っ……。」

あの時の少女は柳美蓮だったのだろうか?
あの娘が、柳家の娘なら。
自分が皇子であることをしっていたのだろうか?
だからあんなこと言ったのか?


「クソっ……。」

わかっていたはずだ。
自分に味方などいないということぐらい。
わかっていたはずなのだ。

あの娘が、あの時の少女だからといってなんなのだ。
どうせ向こうだって自分のことなど忘れている。

わかっている。

それなのに。


………どうしてこんなに胸が苦しいのだろうか?
✴︎
















✴︎

「それにしてもやたらと広いわね、ここ。」

謁見が終わった次の日。
白翠はどうせなので王城を探索してみることにした。

白翠があてがわれた部屋の周辺は、客人用なのであまり人はいない。
時折侍女らしき女性たちが通るぐらいだ。

「そうだ、庭園でも見に行こう。」

東西様々な植物を見るべく、白翠は東側の庭園に向けて歩き出した。












……白翠は東側の庭園を選んだことを即座に後悔した。



太陽の光を受けてキラキラと輝く白銀色。
冷ややかな、だが恐ろしく整った顔立ち。

あの憎たらしい第三皇子、蒼斎葵がそこにいた。

すぐに引き返そうとしたが遅い。

髪と同じ白銀の瞳が白翠を捉えた。

「お前は……。」

人外の美貌に驚きが混じる。

昨日白翠に向けて散々暴言を吐いた声がその耳に届いた時、白翠の頭の中でブチッと何かが切れた。

「ごきげんよう、皇子殿下。」

顔には笑みを貼り付け、彼の返事を待たずに続ける。

「昨日はよくもまぁ初対面の相手に向かって小娘だの世間知らずだの言ってくれましたねぇ?」

白翠の予想外の言葉に白銀の瞳を見開く。

「つまり、私が申し上げたいのは、ですね…………二度と顔を見せるな甘ったれクソ馬鹿皇子。」

「…………。」

あっけに取られた様子の斎葵をみて白翠は内心ほくそ笑んだ。

(ふん、ざまぁみろ。これで私とこの男との結婚破棄、ついでに斎宮じゃなくなれば一石二鳥だわ。)


「…………お前、本当に柳家の娘か?」

斎葵の戸惑うような声音に、白翠は冷ややかに言い放った。

「おあいにく様。私は媛御子のとき、田舎に住んでたの。こーんな箱庭でそ育ったあんたなんかよりもよっぽど世の中のこと、知ってるわ。向こうじゃ馬に乗って狩りだってしたんだから。」

とくに白翠は弓が得意だった。

白翠の言葉に、斎葵はあざ笑うような笑みを浮かべた。

「はっ!どんか箱入り娘かと思ったらとんだじゃじゃ馬娘だな!」

「なんですって!?」

「昨日は猫でもかぶってたのか、山猿女。結局あんたも父親の命令には逆らえないってか?くだらねぇ。これじゃあただの親に逆らうことすらできずにいる人形とかわらねぇ。」

「はぁっ!?あんたにだけは言われたくないわ!あんただって父親から逃げられないくせに!!そうでしょうね!神の、血を王家に入れるための道具みたいね!」

白翠の言葉に、斎葵はスッと目を細めた。

「おい小娘。今なんて言った?」

「何度でも行ってあげるわよ。あんたなんか、王の道具でしかないじゃない!」

ぐいっ。

斎葵は瞳に苛烈な怒りをにじませ、白翠の襟首を掴んだ。

「っ!!」

「おい、小娘。」

底冷えのする声で斎葵は言った。

「それ以上舐めた口を叩くなよ?」

「!!」

ぱっと突き飛ばすように襟元をはなした。
勢い余って白翠は尻餅をついてしまう。

「俺は仮にも皇子だ。つまらないことで帰る場所を失いたくはないだろ?」

見下した口調に、白翠は思わずカッとして叫んだ。

「やりたきゃやんなさいよ!!どうせ私には帰る場所なんて最初からないわよっ!!」

キッと睨みつけ、そう言い放つ。

もともと望まれて生まれたわけではない白翠に、そもそも帰る場所なんてあるはずがない。

鈴祥の地だって、所詮父親に与えられた土地だ。
彼の一存次第では白翠など簡単に切り捨てられる。

「…………。」

僅かに目を見開き、斎葵は白翠を見下ろしている。

白翠はこみ上げてくる涙を飲み込み、素早く立ち上がった。

「……あんな家、消えてしまえばいいのよ。」

そう、小さく吐き捨てる。

「……。」
「……。」

気まずい沈黙が流れる。

これからどうしようかと考えていたときだった。

「……お前はもう部屋に戻った方がいい。」

斎葵の静かな声に、白翠は戸惑いの視線を向けた。

「……どうしてよ。」

「それは……。」

一瞬のと場に詰まったようだったが、すぐに白翠を見つめ返した。

「俺はこの王城であまりよく思われていない。……なにせ、王族とはいえ、汚らわしい堕天神の子どもだからな。」

何処か自嘲気味にそう言った。

「……。」

どうしてそんな顔すんのよ。

白翠は内心激しく動揺した。

そんなの気にしてないんじゃないの?


いや、違う。

もしかして。

気にしているから、皆を遠ざけたいから、あんな風に他人に冷たく当たるの?

だったら、どうして私にそんな忠告するの?



「別に汚らわしくないでしょ。」



白翠の言葉に、斎葵は銀の瞳を瞬せた。

「神様だって、そりゃあ疲れるわよ。人間の身勝手な願いばっかり聞いていれば。堕天神は、もともと人間の願いをたくさん聞いてくれた神様でしょ?なんでそんな神様のことを、助けてもらってた人間が『汚らしい』何て言えるのよ。馬鹿じゃないの?だいたい、そういう神様を癒してあげるために私たち神子がいるんでしょうが。」

人間は身勝手だ。

願いを聞いてもらうくせに、神様が疲れて願いを叶えられなくなったら汚らしいといって切り捨てる。

そういう気持ちが、白翠は一番嫌いだった。

「あんたも、お母さんのこと、『汚らしい』何て蔑むんじゃないわよ。息子であるあんたがそんなこと言ってどうすんのよ。……まぁ、あんたのこと、道具なんて言った私が言うのも何けど。……わるかったわね。」

ちょっと恥ずかしくなって来たので白翠は斎葵の顔を見ないようにくるりと背を向けた。

「ま、どうせあんたは私のこと、嫌いなんでしょ?だから私はもういくわ。お互い、もう二度と会わないように気をつけましょう?」

そう言いすて、白翠は宮殿へと足を進めた。

「……別に、嫌いじゃねえよ。」

「えっ?」

驚いて振り向くど、僅かに視線をそらした斎葵がいた。