大陸最大の勢力を誇る大国、華国。
神々の力のもと、国は大いなる発展と栄華をきわめていた。


華国、首都、「青蘭」にて。

王城の隣に位置する「香侖殿」。



華国第三皇子、蒼斎葵(そう さいき)は書類整理に明け暮れていた。


「明日ですね、斎葵様!あなたの花嫁様が来られるのは!」

王都の守護する役目である、王直属部隊、「神流司」の長、雪影月(せつ かげつ)はまるで自分のことのようにそう言った。


「花嫁?ふん、くだらない。どうせ形だけの斎宮だろ。所詮は父親の命令を聞くしか脳のない小娘。全くもってくだらないな。」

斎葵は影月の方を身もせず、冷ややかに吐き捨てた。


月のような輝きを放つ白銀の髪。髪と同じ銀の瞳は氷のような冷ややかな光がともっていた。

神のごとく圧倒的な、一瞬で見る者をねじ伏せるほどの美貌。

同性であり、見慣れているはずの影月でさえも思わず見とれてしまう造形美。

「まったく、あなたという人は……。よいではありませんか。『神の妻』たる斎宮様を花嫁にできるのですから。それにですね、噂によると、今回の斎宮様はなんでも大変可愛らしい姫君だとか。」

「顔などどうでもいい。」

「しかもですね……。」

影月は斎葵の言葉をあっさり無視して続ける。

「調査によると、斎宮様はここ、華国では珍しい、瑠璃色の瞳をお持ちだそうですよ。」

「……瑠璃色?」



『あなたの髪と瞳、とってもきれい。まるで真珠みたい。』



「……………。」

「……斎葵様?」

影月が斎葵の不審な反応に不思議そうな表情を浮かべる。

「……くだらない。」




『化け物!!』



「っ……。」

「どうなさいましたか、斎葵様?」

「……なんでもない。」

ますますわからないというような影月の視線から逃げるように手元の書類に視線を戻した。
















✴︎ ✴︎ ✴︎













場所は変わり、丞相、柳利潤の屋敷にて。



「斎宮って……どういうことよっ!」



白翠は都の来てすぐに言われたことに激しく動揺していた。


「ですから、白翠様におかれましては、本日より斎宮になっていただくということでごさいます。」


父、利潤の部下である可吉師はそんな白翠に、落ち着いた様子で言葉を返した。


「だ、か、ら、どうして私が斎宮にならなきゃならないわけっ!?斎宮候補の娘なら、柳家にちゃんといたでしょうがっ!!」


「はい。ですが、斎宮になられるはずであったあなた様の姉上、美蓮様が、お父君の反対を押し切り、とある男と駆け落ちしてしまったのです。ゆえに、あなた様には美蓮様の代わりに斎宮となっていただくしかないのです。」


「そんなこと知らないわよっ!!ふざけないで!!」


「……よろしいのですか、白翠様。」


「は?何がよ?」


「斎宮とは、つまり皇子の妻。その重要な役目にあった姫君が男と駆け落ちした、などと宮廷にしられてしまえば、わが柳家は王族を謀ったことと同義。厳正な処罰はまぬがれないかと。それは利潤様のお子であるあなた様も同じ末路をたどるということです。」


「っ!!それにしたって、なにも私じゃなくてもいいじゃない!それに、そんな嘘、すぐにバレるわっ!」


「いえ、斎宮の資格を持つ姫君は媛御子であるあなた様しかおりません。また、白翠様が偽物であることがバレることはありません。」


「どうして断言できるのよ!?」


「ええ、断言できます。なぜなら、柳家の、それも一部の人間しか、美蓮様のお顔は存じません。あなた様が代役に決まった直後から『新しい斎宮様は珍しい瑠璃色の瞳をもっている』という噂を流してありますから問題ありません。」


「っ……。」


「お選びくださいませ、白翠様。このまま斎宮としてなんの不自由もなく暮らすか、はたまた王家を謀った罪人の一族として暮らすか。」


「……わかったわ。」


「ご賢明な判断、なによりです。」


「わかったけど、一つだけ言わせてもらうわよ。」


「はい?」


「斎宮になるのは仕方ない、諦めてやるわ。でも、斎宮は王族と結婚しなくちゃならない。」


「その通りでございます。」


「で、今回は確か第三皇子と結婚するんだったわね?」


「はい。」


「私は、その皇子になんか恋しないわよ。」


「……。」


「どうせあのクソ親父のことだもの。大方娘を斎宮にして子供を産ませ、王族との親戚関係を作りたいんでしょうけど、私にそこまでする義理はないわ。そうしたければ自分の都合のいい命令を聞いてくれる私のお姉様でも連れ帰って来なさい。そのお姉様をなんとかして斎宮にしなさい。」


「……それが条件と?」


「当たり前でしょ。私はね、男が大っ嫌いなの!皇子だかなんだか知らないけど、王宮の中で甘ったれて育ったわがまま野郎のかわいー嫁になんか、絶っ対にならないわ!!」
✴︎

























✴︎



「ああ〜〜〜〜〜っ、ムカつく!!」


白翠はあてがわれた自室にもどったとたん、神に飾っていたクチナシのはなを床に叩きつけた。


「ふざけんじゃないわっ!どうして、どうして今更っ!」


「白翠ちゃん……。」


「っ、どうしてよ。今まで、私のことなんか、忘れてたくせに。…………母様のことは、捨てたくせに。」



キュッと血がにじむほどに強く唇をかみしめた。



「………母様のことも、私のことも、とっくに忘れてたはずじゃない。それなのに……。」



「白翠ちゃん!誰か来るよ!!」


静流の慌てたような声にハッとおもてをあげた。




「失礼します。柳美蓮様。私は神流司の上、雪影月と申します。しばしよろしいでしょうか?」


自分を「美蓮」と呼ぶ言葉に、白翠はピクリと肩を震わせた。


「……どうぞ。」
「失礼いたします。」


部屋に入って来たのは若い男だった。
色素の薄い茶色の髪に赤みがかった栗色の瞳。優しげに整った顔立ちの好青年である。


「突然の訪問をお許しください、美蓮様。いえ、斎宮様とお呼びした方がよろしいですね。」


影月と名乗った青年は白翠に向けてにっこりと微笑んだ。


「いいえ。お初にお目にかかります、柳美蓮と申します。以後、お見知り置きを。」


青年と同様、「にっこりと」、精一杯の上品な笑顔で軽く自己紹介をした。


「私のような者が斎宮という大役に選ばれたこと、大変嬉しく思いますわ。」


「私も安心いたしました。我が主、斎葵皇子の花嫁があなた様のような大変美しいお方で。」

「……一つだけお聞きしてもよろしいですか?」

「ええ、なんでしょう?」

「第三皇子……蒼斎葵様って一体どんなお方なのでしょう?」

白翠の問いに影月は嬉しげに破顔した。

「斎葵様はとても素敵な方ですよ。あなたも必ずお気に召すはずです。」

「……そうですか。」
(そりゃ主のことだもの、悪く言うわけないわよ。)

「不安……ですか?」

遠慮がちにそう、聞いてくる。

「いいえ、そんなことありませんわ。」
(面倒なやつね。)

「……。」

影月は少し考え込むようにさなそぶりを見せたが、すぐにもとの優しげな表情をうかべた。

「いろいろと不安でしょうが、何かありましたらご相談ください。いつでも力になります。」

「ありがとうございます。」

白翠の中でこの青年の評価が少し上がった気がした。
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次の日の朝。

白翠はいつになく慌ただしい朝を迎えていた。

「あ、暑い……。重い……。」

結婚式というわけではないのだからちょっと豪華な衣装でいいじゃない!と思うのだがそうもいかない。

(ああ、私はいつになったら鈴祥に帰れるのかしら?)

白翠のため息は喧騒の中、かき消されてしまった。
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「すごい……。大きい……。」

白翠はあたりを見渡しながら感心のため息を漏らした。

広大な、東西様々な植物はさることながら、建築にまったく興味のない白翠ですら感嘆する建築技術。

「予想以上に豪華なね、この王城。」

白翠は苦笑を浮かべると、早足に国王謁見の場へと向かった。
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謁見の間にはたくさんの貴族たちが集まっていた。
白翠がその場に入った瞬間、人々の視線が突き刺さる。

(陛下って、一体どんな方なのかしら?興味があるわ。)


大陸最大の国、華国の国力をたった一代で倍に増やしたとされる歴代最高の賢王、青宝帝。

白翠は緊張した面持ちのまま、国王についての想像を膨らませている時だった。


「集まっているようだね。」

突如頭上からかけられた声に、謁見の間にいた者たちは一斉に上を向いた。


青みがかった黒い髪。知的だが少しいたずらっぽい黒緑の瞳。
40という年齢にはそぐわない若々しい美貌の中には一目でわかるなカリスマ性があった。

絶対な王者の威厳。

誰もがその圧倒的な存在感に飲み込まれていた。
階段を降りるその動作すらも威厳に満ちている。

「………陛下!!」

父である丞相の言葉に白翠は目を見張った。

(あの方が青宝帝……!?どうして上の階から!?)

若き賢王はいたずらを成功させた子どものような無邪気な笑みを浮かべた


「ふむ、そなたが新しい斎宮、柳美蓮か?」

突然かけられた言葉に、白翠は慌てて跪いた。

「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。私は柳家の娘、名は柳美蓮。」