すると、視界に入っていたその茶色い革靴は、不意に進むように動き出す。
「日向……?」
何を、?
聞こえていないのか、聞こえないフリをしているのか。私の小さな声を無視して、日向はスタスタと階段の前へと出る。
「はーい、余計なお喋りはそこまで」
「えっ!?あっ、ひゅ、日向さ……!?」
「ってことは……しゃ、社長も!?」
突然の日向の登場に私たちに気付き驚く二人。そんな彼らに対しても、にこっと浮かべられた変わらない笑顔が少し不気味だ。
「うちの社長が何様かって?いやだなぁ、社長様に決まってるでしょう?」
しゃ、社長様って……なにまたアホな言い方をしているのよ。突っ込むべきか悩む私の一方で、日向はぺらぺらと喋り続ける。
「そんな社長様にだって毎日仕事があって、おまけにあれもこれも自分でやりたがるものだから、やることが山ほどあるんです。バカにしにくるほど暇じゃない」
それはにこやかに、けれど威圧感をも感じさせるようなしっかりとした声色。
「社長は、あなた方現場の仕事ぶりを見にきたんです。現場の空気や苦労を共有しようと、自らの意思で歩み寄っている」
まるで、この心の中を知り尽くしているようなその言葉。
偉そうだと、苦労を知らないと、何度も何度も言われてきた。日向自身、私のワガママに振り回されて、嫌な思いだってしているはず。心の底では、嫌だと思っているかもしれない。
『自らの意思で歩み寄っている』
だけど、日向はそう言ってくれた。痛む心を理解するように、そっと撫でてくれる。



