「宝井さん?」
名前を呼ぶ彼の声に、はっと我に返る。横を見れば、不安げな目でこちらを見る松嶋さんの顔。
「どうかしたんですか?トラブル?」
「あ……えと、ごめんなさい。仕事の電話で、出てきてほしいって言われて……」
「え……」
神永からの電話の内容をそれとなく伝える私に、彼の顔はこわばり出す。
「どうして?わざわざ休みの宝井さんが出ないといけないんですか?」
「……ちょっと、私が出て行かないと収まらない内容みたいで。本当、ごめんなさい」
頭を下げる私に、松嶋さんはぐっと右腕を掴む。
「……松嶋、さん?」
「行かないでほしいって、言ったら?」
「え……?」
掴む力は強く、その目は穏やかながらもしっかりと私の目を見て問いかける。
「俺といる時くらい、仕事のことは忘れてくれないんですか?」
「……でも、」
「それともやっぱり、“社長”にとっては仕事が一番大事ですか?」
「違っ……」
『違う』、そう言いたいけれど、言えない。
だって、今の私には『違うよ、あなたが一番だよ』って言ってその手を取ることは出来ないから。
どんなに言葉を繕っても、きっと。
『“自分がどうにかするから”と』
『大きな取引先をひとつ失ってもいいんですか!?』
自分が背負うべきものを誰かに背負わせて、笑うことなんて出来ない。その手を握って、ここにいることなんて出来ない。
「っ……、ごめんなさい!!」
私はその腕を振り払うと、バッグを手に車から降り、渋滞に並ぶ車たちの横をすり抜けるように、来た道を駆け足で戻る。
「宝井さん!?」
名前を呼ぶその声に、振り向くこともなく。



