『お父さんってなんかヤダ』
『うざいよね、あれこれ口出してさぁ』
学生の頃、よく友達がそんな風に愚痴をこぼすのを聞きながら、私自身はそういった気持ちを抱いたことがなかった。
お父さんに対して感じていたのは、“尊敬”が一番大きかったと思う。
「私の家ね、父子家庭なの。母親は私を生んですぐ、家を出て行ったから」
「え?どうして……」
「さぁ?若かったしいろいろと派手な人だったらしいから。まだ遊んでいたかったんじゃない?」
私の記憶にない“母親”という人は、お父さんや周りの大人いわくスナックのホステスで、お父さんはお父さんなりに愛したけれど、その人は一カ所にとどまれるような人ではなかったのだそう。私を生んでほどなくして、離婚届を置いて出て行った。
「だから私は、お父さんと前の秘書……関口さん、宝井建設の当時の社員の人たちに支えられて育てられたの」
お父さんが忙しい時は、関口さんが遊び相手をしてくれたし、『男親にはわからないでしょう』と女性社員も面倒を見てくれた。みんなみんな、私の大切な育ての親だ。
「家事は家政婦が一人いてほとんどその人に任せていたけど、私に関わることはお父さんが自らしてくれてね。運動会や学校の行事にはいつも来てくれたし、お弁当も作ってくれて……まぁ、それもまた下手くそで笑っちゃうんだけど」
真っ黒に焦げたからあげと形の悪いおにぎり、それらを思い出しふふと笑うと、窓に映る日向もその光景を思い浮かべるように隣で小さく笑う。



