二重でややつった目に漆黒の髪が掛かっている。パッチリとした目だが何処か鋭さを感じる。相手もボクを観察しているからだろうか。身長はボクより数センチ高いから、百七十を少し過ぎたくらいか。細身で色は白い方だが軟弱な体つきではなさそうだ。視線をやや右に移すと、左耳にピアスが三つ付いているのが見えた。制服は僅かに着崩されていて、その外見からこいつは所謂『優等生』タイプでない事が伺えるが、『不良』と呼ぶには些か疑問を覚える、そんな外見だった。ただハッキリ言えるのは、どう見ても『イケメン』の部類という事だ。
 こいつの顔には覚えがある。確か同じ学年だ。名前は……知らないな。
 というかこいつはいつから居たんだ? そう思いハッとする。そういえばさっき「寝てる人が居る」とセンセーが言っていたな。こいつがそうだったのか。
 恐らくずっとベッドで寝ていたのだろうが、体調不良には見えない。ボクらと同じくサボっていたという事か。なら此処での会話を……。
 ボクの思考と観察は、目の前の男がつと目を逸らしスッと動き出した事によって中断された。
 それらが要した時間は数秒なのか一瞬なのか。その間は計りかねた。
 ボクの横を無言で通り過ぎて扉の方へ歩いて行く。その姿を目で追わず気配で追った。すると男はそこで立ち止まる。
「――あんたが日生、だよな? 確か一組の」
 静かな声だった。
 掛けられた言葉に驚いて振り返れば、そいつは静かにそこに立っていて、じっとこちらを見ていた。
 表情は言葉通りただ確認したいだけのものだと解る。
「……アンタは?」
 質問に質問で返したが、ボクの言葉で己の問いが肯定されたと理解したのだろう。
 ボクの問いにそいつは目を伏せやや考える素振りを見せた。
 ボクの色素の薄い髪とは異なる漆黒の髪が僅かに揺れ、さらっと目に掛かる。名を名乗るのに時間を要するなど通常では有り得ないが、特に不愉快には思わなかった。
 ただ、誰かに似ている、そう思い目を細めてそいつを見た。
 他人に関心の無いボク。そんなボクが名を尋ねたのは、きっとこれが一番の理由だろう。
「シン」
 顔を上げてこちらを真っ直ぐに見据えてたった一言、そう言った。
 一瞬『シン』というのが姓と名のどちらか解らなかったが、恐らく後者だろうと思う。何故フルネームを名乗らないのかと疑問に思わなくはなかったが、ボクは「……しん……」と男の名をただ復唱するだけだった。
 シンと名乗ったそいつはフッと意味深な笑みを向けてそのまま保健室を出て行った。
 何とも言えない笑みだった。苛立つ感情よりも何処か府に落ちないと言った、複雑な感情が全身を巡った。