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――……リ。
――……カリ。
不意に呼ばれた気がして振り向く。振り返った先に微笑みながら立つ人物を見て、ボクは酷く驚いた。
「! アンタは……、」
驚くボクを真っ直ぐ見据えるそいつ。
「……ケンヤ……」
その名を小さく呟けば、目の前のそいつ――ケンヤは薄く笑った。
大人になれず刻(とき)を止めた写真の中の姿で現れているから、ボクと同い年か一つ上かの年齢の姿だ。
ケンヤは何も言わず、ボクの目を優しい眼差しでただじっと見ているだけだ。恋敵であるそいつをボクは鋭く睨み上げた。
「何なのさ、アンタ……突然姿を現してさ……」
不意に声を上げたボクにやや驚きの表情をケンヤは見せたが、やはり何も言わない。
「今更おねーさんを呼ぶつもり? そっちに連れて行こうとでも思ってるの?」
厭味たっぷりに言えば、ケンヤは目を閉じて、その顔に微笑を湛えたまま、首を横に振った。その穏やかな所作を見て、ボクは言葉を失う。ケンヤはそっと目を開けた。やがてゆっくりとその口唇が開かれ、
ヒ カ リ
ケンヤはそう口を動かし、ボクの名を呼んだ。そしてまた何かを紡ぎ出そうとするけど、それをボクは遮った。
「アンタ声出ないの? 何なのさ? 言いたい事あるならハッキリ言いなよ。――ボクはアンタに言う事はない。墓の前でアンタに言った事、それがボクが言いたかった事の全てだ。ボクはおねーさんの事が好きなんだ。だから――アンタには渡さない」
わ か っ て る
今にもそう呟きそうな程に優しい眼差しを向けてくるケンヤは、大きく頷いて見せると、今度はゆっくりと口唇を動かし、一文字ずつ区切りながら、必死に何かを伝えようとする。ボクはその動きを瞬き一つせず見ていた。
花 恋 を 頼 む
幸 せ に な れ よ
読み取れた文字の羅列は、それだった。ボクはただただ瞠目した。そんなボクの様子を見て笑みを零すケンヤ。歳相応の悪戯な笑みで、それでいて温かな笑み。ケンヤは己の右手にそっと視線をやった。不思議に思いその視線を辿って同じ箇所を見れば、ケンヤの手にはいつの間にやら赤い円柱状の物体が握られていて、それが何であるか瞬時に悟ったボクは、思い切り目を見開いた。
――……バトン。
ケンヤを見ると、ケンヤの視線は既に上げられボクを見ていた。ケンヤは右手をスッと上げ、それをボクに向けて差し出してくる。それと同時にまた口唇が何か言葉を紡いだ。
あ り が と う
その言葉を確認したボクの双眸から、涙が零れ落ちた。一粒、二粒、三粒……と。それを袖で痛いくらいに強く拭うと、ボクもケンヤに向かって右手を伸ばす。意図を察したケンヤは、そのままボクに近付く。ボクはケンヤの右手に握られた赤いバトンに、そっと触れた――……
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