I love you に代わる言葉

「彼の名は、黒崎謙也と言います。五年前、私はその彼と付き合っていました。一つ、年上でした。彼との出会いは中学生の頃でしたが、付き合ったのは私が高校生になった頃でした。彼は中学生の頃からバンドを組んでいて、彼が高校生になった頃には、あちこちでライブが出来るくらい成長していて。彼はボーカルを担当していましたが、唄っている時の彼はとてもカッコよかったです。そこそこにファンも居ました。表向きは華やかだったけれど……仲間内での揉め事や、目標になかなか近付けないもどかしさ、幾度もの挫折感によって、昨晩の日生くんのように、公園で一人煩悶している事もありました」
 そこでおねーさんは顔を上げてボクを見た。昨夜のボクの姿と重ねたのか、優しく笑む。おねーさんは言葉を続けた。
「一度練習風景を見させて貰ったのですが、途中、ちょっと仲間内で口論になり……雨の中彼が外に飛び出してしまいました。それで後を追い掛けて……昨晩のような場面ですね。タオルは持ち合わせていませんでしたが」おねーさんはふふっと笑った。「日生くんが昨日私に言ってくれた『傘、持つよ』という言葉……その時に、謙也にも言われたんです。同じ言葉を、同じような場面で、まさか日生くんに言われるなんて思っていなくて……驚いたのと、嬉しかったのと、そして何だか、無性に悲しくて、懐かしくなって……」
 言いながら、視線を落とした。悲哀が、おねーさんの顔面を掠める。その双眸の先は、見紛う事無く記憶だ。哀しみと共に懐かしいと言った、ケンヤという男と一緒に過ごした、過去であり、記憶だ。その姿を間近で見るのは、辛かった。同時に、悔しかった。