I love you に代わる言葉

 モノクロの世界と化した中で、赤だけが鮮明で。この場から走り去りたい衝動に駆られるが、おねーさんとシンが隣に居るんだ。雑踏とは言えないまでも、周囲に人も少なくない。あまつさえこの酷い雨の所為で皆傘を差している。うまく走り去る事は困難だろう。
 焦燥、動揺、嫌厭、憤慨、憎悪、色んな感情が一つになって、心は溷濁する。たった一人の女の所為で、ボクはこうも――……。
 相手からも自分からも見えないように、ボクは傘で顔を覆い隠す。幸い、ヤツは此方に気付いていない。
 ギリッと口唇を噛み締める。あいつと、あいつと暮らしていた家から離れる事で漸く訪れていた心の平安が、崩れ去ってくような気がした。ただあいつを見ただけなのに。
 あいつと顔を合わせぬよう、うまく横断歩道を渡り切ろう。そうすれば、この激情も、一時の感情で済む筈だ。耐えろ――……!


「――日生くん?」


 ハッとして顔を上げる。ザアァァと降り続ける雨の音が今、戻ってきて、ボクの神経を震わせた。いや、雨の音だけじゃない。車の走行音も、人々の靴音も、誰かの話し声も、音という音が、ボクの耳に戻ってきて、全神経を震わすようだった。