I love you に代わる言葉



 それから暫くして、シンは家を出ていった。家事の分担や生活費、その他この家で暮らす上での約束事のようなものは、シンが帰宅し、ゆっくり時間が取れた時に話をしよう、という事になった。
 取り敢えず今はゆっくりしてろよ、シンはそう言って出ていった。他人を一人家に残すのはどうなのかと問えば、別に残して困る事はないとシンは言った。見られて困るものも無ければ盗られて困るものも無いらしい。これが凄いと感心すべき事なのか当たり前の事なのかボクには解らなかった。ボクには何を『普通』と呼ぶのか解らないから。
 今が十四時半。おねーさんが帰宅するのが十七時半過ぎ。約三時間は一人か。
 ボクは一先ず持ってきた荷物を整理する事にした。シンは、クローゼットの中を片付け、ボクの服を置くスペースを作ってくれたらしい。今井の部屋にはボクの荷物を片付ける場が無くて、制服(制服は皺にならないよう、ハンガーに掛けていた)以外はずっとバッグに入れたままだった。特に不便と感じはしなかったが、収納スペースが設けられていればやはり便利だ。
 取り敢えず服だけクローゼットに仕舞い終えた。残りの小物や教材・本等はシンが帰宅してから収納場を借りる事にしよう。石が入った小さな箱は、蓋を開けてテーブルの隅に置いた。
 さて、どうする。何だかんだしていても過ぎたのは三十分程度か。まだ、一人の時間は長い。そういえば、一人の時間は久し振りだ。ほんの数刻前まで今井が居たからな。
 家の中は酷く静かだ。窓の外、遠く、車の走行音が聞こえる。子供のはしゃぐ声も。息を潜めて耳を澄ませば、風が木々の葉を揺らす音も聞こえる。天高く昇った太陽の光を浴びたこの家は、とても温かい。でも、静まり返っている。……変な気分だ。つまらない、という感覚を覚える。ああそうか、つまらないんだ。馬鹿でも煩くても、傍に誰かが居るという事は、とても心地の良いものだったんだな。
 あと二時間半。一人の時間は短くて長い。今は一人。だけど、孤独ではなくなった。此処に帰る人間が居るから。今はただ少し、ほんの少し、つまらないだけだ。そんな想いで済んでいる幸福。