それにしては、敵意はないように感じる。
 穏やかに微笑みをたたえて、こっちを見ている女。
 歳は彩香よりも、ずっと上に見えた。
 峯口よりは若そうだが。


「いい加減それ、下ろせば?」


 ちょいちょい、と人差し指を立てて、女は言った。
 ほんの少し悩んだが、彩香は銃を下ろす。
 よしよし、と、女は頷いて。


「誰なんだ、あんた」


 さっきよりは幾分か警戒を解いて、彩香は聞いた。


「ん? あたし?」


 自分の事を指さして、女は聞く。


「あたしはねぇ・・・そうだな・・・ま、峯口とは昔からの知り合い。ここが出来た時からの、ね」


 10年前、ここである戦いが起きた。
 確か峯口は、そんな事を言っていた。
 この世界が出来たのは、想像を絶する目に見えない衝撃が起きたからだ、と。
 それは、人間の目には見えない戦い――。


「まさか」


 彩香は女を指さして、思わず口に出す。
 その意図を読み取ったのか、女は笑って。


「そのまさか、だよ。あたしは、あの戦いの当事者の一人だ」


 こんな人間離れした人間が起こす戦い。
 彩香のような凡人には、到底理解できないものなのだろう。
 あの時峯口が、


“そのまま聞いとけ”


 って言った意味が今、分かった。


「何なんだよ、この世界は」


 彩香は手すりに背中をもたれかけて、女に聞いた。


「峯口のオヤジから聞かなかったのか?」
「聞いたよ。聞いたけど、あたしにゃ全然理解出来ない」


 正直な感想を述べると、女はまた笑った。
 それにしても、何処か楽しそうだ。
 楽しそう・・・いや、幸せそうだ。
 生身の人間が一週間もいたら廃人になる、この世界で。


「そうだな・・・」


 つい、と、暗くなってきた夜空を見上げて、女は呟いた。


「あたしにとってここは、いつでもあいつらに会える場所・・・」
「・・・え?」


 それは小さな呟きで、彩香にはよく聞こえなかった。
 だが女は、彩香に視線を戻す。


「ここはいつか消える世界だよ。それがいつかは分からないけど・・・そんな世界で人間達が何をしようと、あたしには関係のない事だ」
「・・・・・・」
「ここが生まれたのは自然の流れ・・・そしてうちらの現実世界とここは、いくつかの“ドア”で繋がった。それを人間が見つけ、利用する。それもまた自然の成り行きなんだ。だってそうだろ?」


 ここで女言葉を一旦区切る。
 そして、真っ直ぐに彩香を見つめて。


「“そういうもの”だろ? 人間はさ」


 まるで、言っている意味が分からない。
 だがどうせ、考えても無駄だ。


「いいこと教えてやろうか?」
「・・・何だよ?」


 思わせぶりに言う女の顔を、彩香は見上げた。
 そんなに身長が高くない彩香は、この女の肩くらいしかない。


「“ドア”の位置は常に一定じゃない。安定してないドアは直ぐに閉じてしまうんだよ。だけど中には、固定されて動かないドアもある。この場所のようにね」
「・・・そりゃどうも」


 今の彩香には、そんな事はどうでもいい情報だ
 彩香は質問を変えた。