【プロローグ】





 夜の闇は好きだ。
 何もかも包み込む暗い闇は、人間の嫌な部分を、心地良く隠してくれる。
 昼間の太陽の光は、そんな嫌な部分を容赦なく曝け出すようで嫌いだ。
 だから昼間は、自分が自分であることを出来るだけ表に出さないように、出来るだけひっそりと、ただ時間が過ぎるのを待ちたいところなのだが。
 曲がりなりにも人であり、この国のこの街で生活をしていくに当たって。
 ただ夜の闇に紛れ、じっとして時間をやり過ごす事など、不可能に近い。
 そんな事が出来るのは、とてつもない大金持ちだけだ。
 だから今日も、自分が自分である事を出来るだけ表に出さず、出来るだけひっそりと、昼間の仕事をやり過ごそうとしているのだが。


「社長、ご報告です」


 この国の首都ほどではないが、これでも五本の指に入るくらい有名な繁華街を抱えたこの街で一番大きなオフィスビル。
 その最上階の社長室に入って来た男は、上品なスーツに身を包んでいて、ポマードで整えた短髪には一筋の乱れもない。
 社長、と呼ばれたのは、窓際の大きなデスクの前に座った、年輩の男だ。


「また今日も、か? 風間」


 社長と呼ばれたその男は、風間とは対照的にスーツの着こなしもラフで、白髪の混じり始めた短髪もそのままだ。
 また今日も。
 そう言った社長の声音も、いささかうんざりした感じだった。


「いや確かにな、俺はお前に、アイツの動向は逐一報告しろと言ったけどなぁ・・・こう毎日顔を見せられると嫌でも・・・あー、お前が悪いんじゃねぇんだ」
「承知しております、社長」


 風間は少しだけ目を伏せた。
 背もたれの大きな、座り心地の良さそうな椅子の上に何故か片膝を乗せて、社長と呼ばれた男――峯口陽介――は、大きなため息をつき。
 そして、ワイシャツの胸ポケットからタバコを取り出すと火を点けた。


「んで? 今日は何したって?」


 タバコをくわえたまま喋る峯口。


「はい。繁華街西区の側溝工事現場で、そこに寝ていた泥酔者と口論になり・・・」
「待て風間。そりゃあ、昨日の話じゃねぇか」
「はい。ですが今朝、その続きが」
「・・・なんだよ?」
「口論の挙げ句、相手を病院送りにした所までは良かったんですが・・・その男、クラブ“パシフィック”の黒服でして」


 淡々と語る風間の口調に、峯口は心底げっそりとした表情を浮かべる。