夏夜に逢えたら


桜井君が登校するようになって数週間。

これといってクラスに大きな変化はなく、当たり前のように毎日が過ぎていた。


ゴールデンウィーク明けの陽気な気候に誘わされて、穏やかな時間が流れていく。

表面上は受験生であるものの、なんとなくぼんやりすることが増えてしまう。

けど、そんな空気の中ひとり、教科書とノートを必死に目で追う姿が視界に入った。



「……、」



一番後ろの窓側の席。

ぽかぽかして最も眠くなる席なのに、彼は姿勢も崩さずにペンを走らせる。

思わず感心していると、フイにこちらを向いて視線がぶつかった。



「っ、」

「……、どうかした?」

「あ、その……頑張ってるなって」



ちなみに今は自習中。

昼休みのあとの5時間目ということもあって、クラスの大半は眠りについている。

チラッと葉山君を見れば、案の定机に寝そべっていた。

この空間の中勉強しているのは桜井君くらいで、その姿はある意味貴重だった。

そんな私の心境を察したのか、ああ、と桜井君が苦笑する。



「ただでさえ数学とか苦手なのに、これ以上はまずいかと思って」



と、声をひそめながら話す。

隣の席なので元々距離は近いけど、細い声を聞きとるために少し身体を傾けた。



「でもアイツに借りたノートほぼ白紙で……結局教科書と交互に見てるんだけど」

「ふはっ、葉山君?」

「うん。これじゃジュース奢った意味なかった」



横から見えたノートは確かにほぼ何も書いていない状態だった。

書いてあっても中途半端というか、授業を受けている私でもよくわからない。

このためにジュースを奢ってあげたのかと思うと少し、というかかなり可哀想になった。