――始業式から3週間、欠席だった桜井君。

喧嘩して怪我をしたから、という噂が回ったけど、それは絶対にない。

そう私がさっき思ったのは、あまりにも想像と違うタイプの男の子だったから。


きっとクラスのみんなもこんな人が喧嘩するわけない、と噂を否定していると思う。

じゃあ、一体どうしてしばらく休んでいたんだろう。

不思議に思って桜井君を見ていると、フイに顔を上げてばっちり目が合った。



「……あの。さっきのことは気にしないでください」

「え」

「変なことに巻き込んですみません」



それだけ告げると何事もなかったかのようにまた机に寝そべろうとする。


機械的な彼の言葉が少し寂しく思えたのは、

その口調さえも、明るい雰囲気から浮いているように感じたから。

彼一人を見えない壁が囲っているように、見えたから。


――何故か無性に寂しくなってしまった。



「ううん。私は楽しかったよ」



え、と桜井君が小さく声を上げた。



「2人のやり取り面白かったし、話せて楽しかったよ」

「……そ、うですか」

「葉山君と桜井君って意外な組み合わせだったな」

「ああ……幼なじみっていうか、昔から知ってるんです」

「そうだったんだ。あ、今さらだけど、私は相原奈緒(なお)っていいます」

「あ、はい、」

「同い年だから、敬語ナシで喋ってくれたら嬉しいです」

「あ、はい、……っじゃなくて、えーと……」



あれ。おかしいな。私ってこんなに喋れる性格だったかな。

自分のことなのに疑問を感じていると、ふっと小さく笑う声が聞こえた。

それは紛れもなく桜井君のもので、今にも消えてしまいそうなくらい、儚かったけど。



「……ありがとう、相原」



口元から八重歯が見えたとき、不思議と安心してしまった。