夏夜に逢えたら


……確かに、桜井君が女の子と話しているのを見たことがない。

というか男子ともあまり話してない。ちゃんと話しているのは葉山君くらいだ。

傍から見れば決していいことではないだろう。

クラスの人と仲良くするには越したことがないと思う。でも――、

女の子の話す相手が私くらいと言われた瞬間、無性に嬉しくなってしまった。



「……桜井君、人見知りなんだ」

「見ての通りね」

「そんな風には思わなかったけど」

「それは……最初の件があったのもあるけど、相原とは喋りやすいから」

「ほ、ほんと?」

「うん。前より学校来るの楽しくなれた」



そう言って笑う桜井君の口元から八重歯が覗く。

それを見てまた安心した私は、ようやくひとつのことに気づけた。

……桜井君が笑ってくれると、嬉しいということに。


見えない壁で自分を囲い、存在が浮いているように見えてしまう桜井君。

けど笑っているときはそれを感じさせなかった。


彼が笑顔になってくれると、同じ教室にいる実感が持てた。

彼の近くにいると、実感できた。

だから笑ってくれると嬉しいんだ、と私なりに答えが出せた。



「あ、そうだ。さっきの続きだけど、相原もこれに名前書いてみて」



字が上手、下手のくだりの紙を差し出される。

どこにでもある日常風景が、今はこんなにも楽しい。




桜井君が登校するようになって数週間。

これといってクラスに大きな変化はなく、当たり前のように毎日が過ぎていく。

けど私の中では変化が生まれ、それは徐々に大きくなっていく。

彼が笑顔になってくれると嬉しい本当の理由に気づくのは、もう少し先のことだった。