「あ、」


中学3年春。

自分の席につこうとして声を上げてしまった。

ずっと空席だった隣の席に、人が座っていたから。

思わず自分の席が間違っていないか確かめる。……うん、大丈夫。

静かに椅子を引いて腰を下ろすと、隣の人がこっちを向いた。



「あの、すみません」

「は、はい?」

「俺の席ってここですか?」

「え、と……」



どうしよう。

ここの席に座る人の名前はわかるけど、この人の名前がわからない。


始業式から3週間。

そろそろクラスの人の顔と名前が一致する頃なのに、まだ覚えてなかったのかな。

誰だっけ、と回らない頭を必死に捻った、そのとき。

ひとつの案が思いついた私は、バッと顔を上げて隣の人に詰め寄った。



「そこは桜井駆(さくらいかける)君の席です」



この人の名前がわからないなら、この席に座る人の名前を言おう。

自然にフルネームが出てきたことに吃驚した。

一瞬変な沈黙が生まれて、ようやく隣の人がふはっと笑う。



「それ俺です。ありがとうございます」



口元から覗いた八重歯が、やけに印象的だった。