「美波ちゃん?聞いて――」

「抵抗なんてしない」


 少しずつ感情が露わになっていく声を遮って、私は一言放った。

 そう、どの道、端から抵抗なんてしなかっただろう。遠のく意識に静かに身を任せて、息苦しささえも感じなくなる、意識が途切れる寸前。その刹那を求めて。

 受容など遥かに超えた渇望が、ゆっくりと顔を出す。


「逆に、何で殺さなかったの?」


 彼が視線に込めたそれを、私は声色に包み直して返す。すると彼は、痛いところを突かれたと言うようにその口を閉ざした。

 必死に言い訳を探すように視線を泳がせるのを不躾に見つめていると、徐に立ち上がって、ガラス戸の向こうへと消えて行った。

 角度のためによく見えないけれど、冷蔵庫の扉を開け閉めするような音が聞こえたため、キッチンなのだろうと一人納得した。

 続いてレンジの開閉、ボタンを押す音に、加熱中の独特の運転音。次第に漂ってくるこの匂いは、カレーだろうか。


「もう八時だし、腹減ってるよね?」


 その運転音を押し退けるように、僅かに張り上げられた声。その意図を察した私は、逆にますます彼の言動が理解出来ない。

 殺そうとしたと思えば直ぐにやめて、無抵抗を非難して反論されれば次は食事と来た。一体何がしたいのだろう。