シーソーゲーム

「どうした、ヒノ。大丈夫か」

 とりあえず氷野を落ち着かせようと近づくと、氷野はものすごい形相で俺の顔を見た。

「お前…近づくな…」

 俺は本当に氷野を恐れた。どうなったんだ。氷野はどうしたんだ。

「どうした、本当にさ。どうしちまったんだ」

「俺の…俺のがぁ…」

 もう尋常じゃない息の荒さだった。

 氷野が壊れたと思った。壊れたとしか言いようがない事実である。一体全体どうなったんだ。小海といい、氷野といい、ここでは誰もが変わるのだろうか。しかし俺が変わっていない事実がある。しかしそれは俺だけが気付いていないもので、周りは気付いているかもしれない。

 氷野はまた独り言をぶつぶつつぶやきだした。直に戻ったのだが、それは何かのフェイクだと思って警戒を続けた。

「わりぃ…何か、俺…悪い俺にになっちまったみたいだ。見てたか。見てたよな」

 ようやく落ち着きを取り戻したのか、蛇口をひねって水を止めた。しかし息の荒さの代わりにやってきたのは、吐き気だった。また蛇口をひねり、水を出した。

「本当に、大丈夫か?」

「うるさい…黙れぇ…」

 もう何が何だか分からない。今ここにいる氷野は何なのだろうか。勝手な推測で、多重人格にしか思えない。だが、気持ち悪くなるとはどういうことだろうか。

「また…でてきやがった。能力の…制御が…できない…」

 大丈夫かとしか声をかけられない自分が恥ずかしい。

「おい…本当に…」

「大丈夫だ…だいぶ、楽になった」

 氷野はゆっくりと口をすすぎ、空を一度仰いで、大きく深呼吸をした。

「こんなの…よくあるんだ、最近な。大変だよ」

「それって、何かの病気か?」

「いや、違う」

 脱力したようになって、背中が丸まっていた。背中をピンと張って、思い切り手を空に向かって突き出した。起きたばかりのような表情をしている。

「リョウ。オミに何て言われたか分からないが、それが現実だ。多分、まだここにいるのは…まだ他にも言ってなかったてことか。運がいいんだかどうだか…」

 元に戻ったのはいいが、小海と同じく変なことを言い出すのはまだ慣れない。というより、氷野までもがと思う。

「え、何。お前は小海が言った事を知っているのか?」