シーソーゲーム

「…」

 アズサは俺の言葉を無視し、無言でベンチに座った。

 俺はそんなアズサを不審に思った。いつも俺の言葉に傾けてきたアズサが、今日初めて無視したからだ。そんなアズサを見たくないと思わせたのか、俺はアズサからしばらく目をそらすことにした。

 そしてまた打順が回ってくると、サークルに俺は入った。

 終わってみれば、試合は三回コールドの十四対ゼロ。圧勝だった。ウィニングボールはやっと負けを意識し始めたラストバッターがボールにバットを当てて、フラフラと上がった球はライトの岸のもとへ行った。そして地に足が着いていない岸はあたふたしたが、突き出した手にたまたまボール君が入ってくれたのだった。

 試合終了後、皆はアズサと岸に声をかけていたが、俺はアズサにだけはかけれるはずがなかった。そこで一人でいる澁に、一つ聴いてみることにした。

「なあ。澁さんって、前まで野球とかやってたのか」

「…やってない」

 澁の声を初めて聞いた。不思議な声だ。低いのだが、真底に何か秘めているようだ。

「なら、何で捕れたんだ。あんな速い球、何かやってないと見えるもんじゃないだろ」

「…やってない」

 こいつはやってないとしか言わないのだろうか。変なやつだ。

 そこでいつも気になっていたことも聞いた。

「澁さん、頭いいけど、いつもどんな勉強してんの」

 答えは大体検討づいていた。やってないだ。

「…やってない」

 ほら。合っているものだろ。本当にこいつはこのフレーズしか言わないのか。いや、言えないのだろうか。

 しかし今度は驚いた。澁から声をかけてきたのだ。

「…航って呼んでいい。あの方の意思だから…」

「え?」

 あの方とは誰のことだ。それに、なぜこいつから話しかけてきた。このなれなれしい感じ、何だ。

「え、それって…」

「了解したということ。それ以上の意味は持たない」

 つまり意味を徹底的に還元させると、航って呼べということだろうか。まあ、そう呼べというのだから呼べばいいのだろう。

 澁は自分のグローブを持って、早足で俺から離れた。

「次の試合分かるか」

 澁は首だけをひねって振り向いた。そしてうなずき、また歩き始めた。