シーソーゲーム

 両親はというと、口喧嘩が絶えず、ドメスティックバイオレンスを繰り返したということはまったくもってない。むしろその逆だ。もしそんな噂が立ったとしても、三日以内にはなくなってしまうことだろう。

 家族単位でも、外から見れば誰だって認める円満な家庭を築いていた。時には喧嘩もするが、それは喧嘩するほど仲がいいという程度のもので、本当の殴り合いはない。毎朝食卓を囲んでの朝食を基盤に一日をスタートしていて、どこの家庭もそのことを夢見ているのか、我が家の家訓は滝川家なりとスローガンを掲げる家庭も少なくはない。

 それほど仲がいい家庭なのだが、何の前触れもなくばらばらに離れるのはどういうことなのだろうか。時間と共にいなくなるのは分かるが、こんなにきれいに消えてしまうものなのか。アズサの言うことは一応筋が通っているが、やはり変だ。アズサの表情を見れば分かる。油性の黒ペンで顔に書いてあるからだ。

 とりあえず、俺は帰ることにした。これ以上聞いたところでアズサは何も話さないような気がしたからだ。

「そうか、大変だな。がんばれよ」

「…うん。じゃあね」

 アズサは玄関まで来て見送った。じゃあねと言って笑っていたが、明らかなつくり笑いで、その証拠に俺は一歩踏み出すと、バタンとドアの閉まる音が聞こえた。小さい音だった。俺は振り向いた。ドアは閉まっていた。

 エレベーターのボタンを押して、このまま下に下りるべきか。なぜかそんなことで迷ってしまった。別に他の選択肢もあったが、一度別れてもう一度会いに行くなんて、恋人のようだ。しかも今会いに行ったところで、何の話をすればいいのか見当がつかなかった。
やはりここは下に下りて帰るべきなのか。

 俺の指はすでにボタンを押しており、足は個室の中に入る。ドアが閉まり、体にたまっていた息がここで出た。さっきまでは緊迫感で押しつぶされそうだったのに、今では安心できる空間になっている。空気は決して和んでいるとはいえないが、エレベーターに乗る前よりかははるかにましだ。とりあえず、肩の荷が軽くなったのは間違いない。