八月九日午後6時
チャイムがなり公園を走り回っていた子供達は別れを告げ自分の家の方向へ向かって歩き始める。その子供のうちの一人を尾行している男がいた。彼は誘拐犯……などではなく見習い探偵、永松圭吾である。
彼が子供を尾行するという犯罪紛いの行為を行っているのには訳があった。寧ろ訳がない方が恐ろしい。圭吾は見習い探偵という立場故、実際の仕事に駆り出される事は少なかった。だが、圭吾の師とも言うべき京介はこのままではいけないと考えた。そして圭吾はこのままでは食っていけないと探偵事務所へ駆け込んだ。これが今回の探偵試験という妙な試験に至るまでの経緯である。因みに尾行されている子供はチロルチョコ三個という大人にとっては格安で、子供にとっては宝に等しい餌……いや、報酬で今回の試験に協力してもらうことになった。子供が圭吾を撒くことができれば不合格、圭吾が子供の家まで撒かれることなく尾行できたら合格といった具合である。更に付け足すと、子供を試験の協力者として招いている理由は圭吾に見合ったレベルだからだ。要するに圭吾は小学生並みということである。
そして、子供は圭吾を撒く為に多少の遠回りをしながらも自宅へ着いた。そこには果たして見習い探偵の姿があった。彼は試験に合格したのである。圭吾は携帯電話を取りだし京介に電話を掛けた。
「やあ、圭吾君。無事に合格して安心したよ。君なら小学生にも劣るのではないかと冷や冷やしていたところだ」
「失礼ですね。それよりなんで俺が尾行に成功したって知ってるんですか」
こんな会話を近所の人に聞かれたら通報されるのではないか。そんな不安を抱えながらも京介は圭吾の疑問に答える。
「簡単なことだ。GPS機能だよ」
「本当に簡単ですね」
「そんなことよりすぐに戻って来てくれ。君が不合格の場合依頼を断ろうと思っていたのだが、晴れて合格したわけだ。初仕事といこうじゃないか」
「分かりました。直ぐ戻ります」
そう言うと京介は電話を切った。気分が高揚した結果は軽い足取りで市川探偵事務所へと向かう。
この情景を数日後の二人が見ていたら、この時依頼を断っておけばよかったと後悔するに違いない。