花と闇

「……それは、お前が判断することではない。引き渡してもらおう。」
そう言うと、シャルドネはクラウジアからシエリアを受け取る。
「子供を殺す程に無慈悲ではないが、規則に則るのが仕事だ。」
「そいつを殺したら、御前を殺してやる。」
「覚悟しておこう。」
クラウジアの鋭い視線を受けながら、シャルドネは背を向ける。
「……随分と、都合が良い時間に来たな。」
「騒ぎのせいで遅くなっただけだ。文句なら、騒いでいる野次馬共に言え。」
ヴォルフラムの嫌味にシャルドネは意に介さない口調で答えた。
「今度は、大人しく療養するのだぞ。ヴォルフラム。」
「見張っておく。」
シャルドネにクラウジアは使命を言い渡されたような顔で答えた。
「これで、連れて行ける。」
「無駄なことを。」
「それは、やってから決めることだ。」
クラウジアに背負われたヴォルフラムはそれ以上何も言わなかった。

ゆっくりと目を閉じる。

深い、深い、奈落が映る。

「貴様は戻りたいのか?」
同じ問いが反芻した。
真っ暗で何かは判別付かない液体が足元を濡らす。
それは、血であろうと判断できたのは見慣れた悪夢だからだろう。
「ふふふふふ……」
女の笑い声。
「あら、随分早い到着ね。」
女は嘲る。
「それとも、私が遅かったのかしら?」
「タナトス、か。」
「覚えていてくれて嬉しいわ。サタン。……いいえ。今は、ヴォルフラムというのかしら。」
妖艶に笑む声は水面を揺らすと、目の前に現れた。
頭には骸と白い鎖。
黒い髪の毛は闇に溶ける。
「けれど、殺してあげない。貴方の大事な人をまだ殺していないもの。」
意地悪に言った。
「愛することをやめない孤独な魂。……貴方は大事な人を亡くす。それが罰よ。永劫に、私は貴方を許さない。」

その声が響くと、目の前が歪んだ。

(あぁ、そうか。やはり……)
死ねないのだと思った瞬間、肩を叩かれた。
振り返るとクラウジアが居る。
「クラ……」
名前を呼ぼうとすると、ドロリと溶けて骸になった。
「おい!」
骸に触れると、辺りは骸に覆われた。
「ヴォルフラム」
骸から声がする。
「フラン」
目の前の骸達も呼ぶ。
それは、かつて愛した者だ。
自分を呼ぶ声が重なり、最後に声がした。
「サタン。」
目の前にはタナトスが居た。
表情は解らない。
ただ、何か忘れてしまっていたことを思い出した気がした。