「じゃあな」

 それが俺たちの別れの言葉。いつもの帰り道、いつものように帰るだけ。

 今日の部活は疲れたな。

 俺はチャリをこいで、並木道を通っていた。風はそよぎ、互いに話し掛け合っているようであった。

 住宅街に入り、そしていつも通る交差点に出る。別にこの交差点を通らねば帰れないというわけではないが、もう一つの道は橋を渡って交差点の上を行くのだが、坂が急で昇るだけで疲れる道ので、部活疲れの帰りには体にこたえる。だからいつも下の道を通っている。

 交差点の信号を待っている。ここの信号は一度赤になると、なかなか青には変わってくれない。しかし今日は何と早いものか。ものの十秒で変わった。

 今日は何だかついているみたいだと、俺は気持ちよくペダルをこいだ。

 そして横断歩道を渡ると、おばさんが困った様子でいた。片手に偽革らしいバッグと紙の袋を持っている。

「あの、すいません。この辺に、榊さんの家があるはずなんですが…」

 それは道案内であった。榊というのは、今さっき分かれた友人の苗字であった。知っているが、面倒くさい。交番だって信号の対岸にある。そこに聞けばいいと思った。その上早く帰れる優越感で、もうすでに帰った気でいる。しかしその優越感が逆に俺の心を寛大させてくれるのであった。少しの時間はいいだろうと思った。教えるぐらいなら。

「ああ、榊さんの家なら、この交差点を渡って、そのまままっすぐ行って、三本目の道を左に曲がります。それから…」

 おばさんはさらに困惑したようだ。話が進むにつれて、顔が険しくなっていったのだ。

「すみませんが…連れて行ってくださらない?」

 突然のことに困った。早く帰りたかったが、この状況では抜け出せない。こうなることが事前から分かっていれば、分かりませんと言って家に帰れば良かったと思う。道も分かる、時間もあるとなれば、今更時間がないので、知りませんなんて言えない。第一、俺のモラルに関わる。

 俺には唯一つの選択肢しか残っていなかった。

「…あ、はい。いいですよ」

 なるべく明るく言おうとしたが、上手く言えたかが不安だ。声はややかすれていたが、自分の耳にはしかと聞こえていた。

「ありがとうございます」