「…ほら。さっさと行くぞ」
驚きからその場に立ち尽くしてしまった彩芽にそう言うと、拓海は再び歩き出した。
「あ…、は、はいっ」
彩芽のことなんか気にせずにスタスタと歩いていく拓海に、彩芽は慌ててついていこうとしたが、
(ちょっと待って。…本当についていっていいの?)
と考え直し、再び足を止めて悩んだ。
(こんな裏表の激しい人が本当に管理人なの?もしかしたら、そう思わせといて変な所に連れていかれるのかも…)
そう考えたりもしたが、先程の女性とのやり取りを思うと、やはり拓海が管理人だというのは間違いない気がした。
(あの女の人と口裏を合わせてまで私を騙す必要なんてないしね。それに…あの女の人は本当にこの人のことを好きそうな感じだったし)
彩芽は先程の女性の態度と拓海の爽やかな笑顔、そして、豹変した裏の顔を思い浮かべた。
(てか、この人に騙されてるのは、私じゃなくてあの女の人なんじゃ…)
「…おい」
様々なところを巡っていた彩芽の思考は、拓海の不機嫌そうな低い声によって停止させられた。
「置いてくぞ」
「あっ、待って……っ!?」
とりあえず、今は拓海を信用してついていこうと決めた彩芽だったが、拓海に催促され急いで駆け寄ろうとした途端、盛大に転んでしまったのだった。
「…っ、痛っ…」
五分丈のジャケットを着ていたため、地面についた時に右肘を擦ったのか、痛みと共に赤くなっていた。
そんな彩芽の様子に拓海はため息を漏らしながら近づくと、座り込んでいた彩芽の腕を引いて身体を起き上がらせた。
「ちゃんと前向いて歩け」
「あっ…、ごめんなさい…」
その後、再び目的の方向へと歩き出した拓海だったが、先程とは異なり足取りがゆっくりだった。
(私に、合わせてくれてるのかな…?)
拓海は相変わらず彩芽の前を歩いていたが、少し後ろを気にする素振りを見せることもあった。
(…本当は、優しい人なのかな?)
先程腕を引かれた時の力強さといい、至近距離で見上げた拓海の見惚れるような整った顔といい、その全てが彩芽の胸をときめかせた。
しかし、そんなときめきも
「変な顔してないで、ちゃんとついてこいよ」
という拓海の一言で崩れ去った。
「なっ…!」
「これ以上面倒かけさせんじゃねえよ」
怠そうにそう口にした拓海に対し、彩芽は
(やっぱり、優しくなんかないし!)
と、前言撤回したのだった。
