ーーーそんなこんなで転校の手続きを済ませた彩芽は、今日が入寮日ということで学生寮に向かって歩いていた。
以前、父と下見に来たことがあったため、学生寮には迷うことなく辿り着くことができた。
(…ここだっ)
彩芽の目の前には、綺麗なマンションのような外装の大きな学生寮が建っていた。
彩芽がこれから通う青藍高校は、全寮制の学校ではなく希望制でいつでも入寮できるシステムとなっている。
また、期間限定での入寮も許可しているため、常に部屋の空きがあるように全校生徒が収容できる程の大きな造りをしていた。
(えっと…、まずは管理人の人に挨拶すればいいのかな?)
そう思い、入り口から中に入ると、オフィスの受付のようなスペースにひとりの女性がいた。
「すみません、管理人さんはいらっしゃいますか?」
「私がこの寮の管理人ですけど、何かご用ですか?」
そう言って営業スマイルを浮かべた女性に対して、
(優しそうな人でよかったー)
と、彩芽は内心喜んでいた。
「あの、今日からこちらでお世話になります、一瀬彩芽と言います。よろしくお願いします」
彩芽は丁寧に挨拶をして頭を下げたが、女性は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「…おかしいわね。今日入寮予定の学生はひとりもいなかったはずなんだけど」
「え?」
女性の言葉に、今度は彩芽が首を傾げた。
「貴女、何年生?」
「2年生です」
その後、女性は手元のタブレット端末で何か操作していたが、しばらくして
「やっぱりないわ」
と、呟いた。
「え?そんなはずは…」
「そもそも、一瀬彩芽さんという学生のデータ自体こちらには存在しないけど…」
女性は疑いの眼差しで彩芽を見て、
「貴女、本当にウチの生徒?」
と、尋ねた。
「本当です!転校してきて、今日が入寮日で明日から通学するように言われたんですけど…」
「この時期に転校生が来たなんて聞いてないし」
「そ、そんなぁ…」
相変わらず疑いの眼差しで彩芽を見つめてくる女性に、彩芽はどうしたらいいのか分からず軽くパニックになっていた。
(もしかして、何か手違いがあったのかな?…どうしたらいいんだろう?)
「このままこうしてても埒が明かないから、保護者の方に連絡を取ってもらえるかしら?」
「あ、いや、父は今ちょっと…」
先程日本を発ったばかりの父はまだ飛行機の中であるため、連絡を取ることは不可能だった。
彩芽の態度に段々とイライラしてきた女性の顔には、すでに営業スマイルすらなくなっていた。
そんなピリピリした空気の中、突然
「一瀬彩芽さんですか?」
と、彩芽の後ろからそう声がした。
