「…で?わざわざ俺を引き留めといて、何の用?」
拓海は彩芽から少し距離を取ると、彩芽に早く用件を言うように催促した。
「あ、実は、ちょっと質問が…」
「…拓海ちゃーん!!!」
「…!?」
気を取り直して特別寮のことについて質問しようとした彩芽だったが、それは突然の乱入者によって遮られてしまった。
拓海の名を呼ぶ声と共に現れたのは、青藍高校の制服を身につけたひとりの女子高生だった。
「拓海ちゃん、会いたかった!」
女子高生はそう口にしながら拓海に向かって走ってくると、ダイブするように拓海に抱きついた。
「…暑苦しい。離れろ」
「そんなー、つれないなぁ。こんなに会いたかったのに」
「今朝も会ったろ。さっさと離れろ」
明らかに嫌そうな態度を示す拓海にお構いなしに、女子高生は拓海の腕にしがみついて一向に離れようとはしなかった。
「じゃあ、おかえりなさいのチューして」
「……」
そう言って瞳を閉じる女子高生。
そんな女子高生の要求を、拓海は無言で女子高生の顔を引き剥がすことによって拒否した。
「もうー。拓海ちゃんは乱暴なんだから」
そう言いつつ全くめげていない女子高生に、全く関心を示さない拓海。
そんなふたりのやり取りを彩芽はポカーンとただただ眺めていた。
「そういえば…あなた、だあれ?」
女子高生は彩芽の存在にやっと気づくと、そう声をかけてきた。
「こいつは、今日入寮してきた一瀬彩芽。転校生だ」
突然声をかけられて驚いていた彩芽に代わって、拓海がそう答えた。
「へー。この時期に転校生だなんて珍しいね」
女子高生は興味深そうに彩芽をジロジロと見つめると、拓海の腕にしがみついたまま明るい笑顔を見せた。
「私は、前園江莉香[マエゾノエリカ]。ここの住人だから、これからよろしくねっ」
江莉香の笑顔に応えるように彩芽も笑みを浮かべると、
「こちらこそ、よろしくお願いします」
と、丁寧に挨拶した。
「拓海ちゃんったら、新しい人来るなら教えてくれたっていいじゃんっ」
「今朝ちゃんと言ったが、お前が聞いてなかっただけだろ」
その言葉に首を傾げる江莉香に対して、拓海はため息をついた。
「いいから、とっとと離れろ」
「やだー」
小柄な割りにふくよかな胸を拓海の身体に押し付けて、上目遣いで甘えるようにそう口にした江莉香。
「新しい人の前だからって、そんなに照れなくてもいいじゃん」
そんな江莉香の言動から、江莉香が拓海に好意を抱いていることは誰が見ても容易に想像できた。
もちろん、彩芽もすぐにそれを感じた。
「…ねぇ、いつもみたいにチューして?」
拓海を誘う江莉香のその言葉で、彩芽の心臓が嫌な音を立てた。
(…誰にでも、してるんだ…)
女性慣れしてそうな拓海のことだから、そうだとしてもおかしくはないと彩芽は思っていた。
それでも、現実を突きつけられるとショックを受けずにはいられなかった。
自分でもこれがどういう感情なのかよく分からなかったが、大切なファーストキスを奪われた瞬間が頭の中を過ると、彩芽は静かに唇を噛み締めた。
