夕霧 うああ、無念、無念、無念。柏木無念!
(今にも発狂しそうな夕霧)

源氏 (あとすざりしながら)わかった、わかった。すまぬ。
 悪かった。落ち着け夕霧。

(夕霧、我に返り)
夕霧 柏木がため息ばかりついていたのをよく覚えています。

源氏 いくら上皇の頼みとあっても若き内親王を老いぼれの後見で
 正妻とはというわけか。世代間の争いじゃなあ。

夕霧 皆柏木を応援したいと思いました。小侍従に聞けばわかります。
 紫の上が病に伏した時、これももとはと言えばこの縁談が原因ですよ、
 女三宮は六条院でずっとお一人でした。

源氏 もしやその時?
夕霧 その通りです。(源氏、不気味に笑み)宮とともに出家した元の
 小侍従が全てを語りました。あの恋文が源氏殿に見つかりさえしなけ
 ればと泣き崩れておりました。

(老いたる源氏は観念したかのように、か細い声で)
源氏 そうか。
(そういってうつむいたまま、しんみりとした長い沈黙が流れます)
 そういうことだ。恋文を見つけた時にすべてを悟った。がしかし、
 わしひとりの胸に秘めておけばどうってことはない桐壷帝のように、
 とはじめはそう思った、懐妊を知るまでは。

(夕霧は静かに首を横に振ります)
 懐妊の知らせは地獄の電撃じゃった。過去遠々劫からのわしの宿世。
 どうしても断ち切ることのできぬわしの罪業ここに極まった。どう
 計算しても間違いない。柏木の子じゃ。當に電撃じゃった。

(夕霧は暖かく父の告白を包みます)