悲しみと絶望にどっぷりと浸かっていた私は、顔をくしゃくしゃにしながら、いつの間にか、目から涙がほろりと流れ出していた。頭をくしゃくしゃに掻いていたが、それは無意識でやっていることであった。昇の言葉を聞いている時も無意識であったが、心に残される言葉はいくつかあった。しかしそんな言葉を何回も聞いていると、脳裏で誠也が喜ぶ顔、怒った顔、哀しそうな顔、楽しそうな顔、そして私たち家族そろって並んで写っている写真さえも映し出された。それはこの上なく幸せそうな顔で、温かみがあった。そのせいだったかもしれない。涙はテーブルの上に滴り落ち、円を描くように波紋を広げていく。

 昇はそのままイスから離れ、ドアを荒々しく閉めて部屋を出て行った。そして玄関が閉まる音さえも聞こえた。

 私は一人残された。暗闇と静寂が部屋を時間を制し、部屋の中を人魂のように照らす電灯がゆらゆらと揺れていた。そしてしばらく泣きは止んでいたが、ゆっくりと時が流れると、再び涙腺が緩んで涙が止まらなくなった。

 何も考えずに、ただ自分のことだけがいっぱいで、昇に当たってしまった。長年一緒に暮らしてきた夫、家族なのに、思いやりのかけらさえもなかった。誠也がいなくなった辛さ、昇から見放された自分。どちらか一つがなかったとしても、どちらにしろ、心の奥底にいることには間違いない。言い合っている時はこんなことになろうとは思ってもいなかった。しかし今、改めて一コマ一コマ確かに思い出していくと、こんなことになることは明確であった。声を高らげ、一人で荒れ、そして人を傷つけるような言葉。自己中、身勝手な発言、周りを見ていない、ひどい仕打ち。そんなことをしていた自分が嫌いになった。今日は過去にもこれからにもない、最悪の一日に間違いない。

 電灯はまだ揺れ、この部屋には何もなかった。窓を叩く風が、静寂を連れ去った。

 私は一人そこで、何もすることがなかった。することができなかった。ただ、テーブルに頭を拉がれているだけである。時間をも忘れて、ずっとピクリとも動かなかった。意識があったかと聞かれれば、どうかは分からなかったが、何も考えられる状況ではなかったのは確かであった。