鶴見の顔は一瞬にして険しくなり、頻繁に首を掻いた。いまだに私の顔を見ようとしない。そしてゆっくりと口を開けると、タバコを取り出して静かに言った。

「非常に言いづらいことですが…我々は誘拐の線と見て捜査を進めています。今、この周辺の住民に聞き込んで、怪しい男が一人の子供を連れていたとの情報を手に入れました。これからどうなっていくかは分かりませんが、いち早くの発見を急いでいます」

 私の足は急に力が入らなくなり、ヘタッとその場に座り込んでしまった。もう何も考えられない。考えたくもないのに、信じたくもないのに、すでに私の頭の中では、誘拐という言葉が固定化されている。いつの間にか、私の頭は想像にめぐらされていた。そう、それは誠也が不審な男に連れ去られる場面であった。

 声も出せず、泣くこともできず、私はその場に座り込んでいた。そんな私を見かねて、鶴見は手を差し伸べた。しかし私はそんな手に気付くはずなんかなかった。目の前が真っ暗になったように、眼中には何も映っていなかったのだ。

「立てますか」

 鶴見は私の腕をつかんで立たせようとすると、私は操り人形が立つように立ち上がった。そして近くにあるベンチまで連れて行き、そこに腰を下ろさせた。

 その時であった。私の見えないはずの目に一つの人影が横切った。それは小さく、まるで、誠也のようであった。

「誠也…」

 私は頭を上げ、その人影の方を見た。しかし、そこにはあるはずの姿がなかった。あれは錯覚だったのだろうか。私の耳にはあの足音だけが残った。

 鶴見もそんな私の行動を見て、私の目の先を見た。そして再び私のほうを見た。

「どうしたんですか、息子さんの名前なんか呼んで。こんなところにいたら、捜査する意味なんかないでしょう」

 鶴見は口元だけが笑っていたが、決して目は笑わなかった。それは私に対する当然の仕草なのか、もしくは私を逆上させないための行動だったのかは分からなかった。私が見る限り、今日二本目となるタバコを取り出して口に加えると、ライターを内ポケットから取り出しながら、声を殺して言った。

「我々も全力を尽くすので、あなたもあきらめないで、最後まで見つかると信じていてください」