「待ちなさい、誠也」

 誠也はずんずん先へ先へと進み、私が買い物につれてってもらっているようであった。しかし誠也の進行は間違っていない。今日は誠也の服を買いに来たのだ。ついでに食品も、であるが。

 子供服売り場に着くと、誠也は靴下売り場の前にいた。そして一つの靴下を手に取り、私に差し出した。

「母さん。この靴下がいい」

 何かのキャラクターのロゴが入っていた。きっと高いに違いない。私は見て見ぬふりをした。それでも誠也は駄々をこねていた。

 そのままでいると、やはり少し恥ずかしくなってきた。周囲の目が、一気に私に注がれたような気がしたからだ。そして私は誠也の目線に合わせて座り、優しく言った。

「誠也、今日はTシャツを買いに来たんでしょ。だからそんなものは置いてきて、一緒にTシャツを買いましょ、ね」

 誠也は靴下をしばらく見つめ、心の中で密かな葛藤を行い、そしてその決着がついたのか、顔を上げて私のほうを見た。

「うん、そうだね。僕、置いてくる」

 そう言うと誠也は今までではありえないほど素直に靴下を置いてきた。

 というのは、いつも置いてくる時に、その売り場の前で置こうか置かないかを迷うのだ。やはり買って欲しいという気持ちは残っているのだろう。しかしそれはある程度言い合ってからのことである。こんなばかに素直に言うことを聞いたのは初めてである。成長したのか、これからTシャツを買う時に、なにか企みでもあるのだろうか、今の私に分かるはずがない。

 そして誠也が戻ってくると、また先導するように先へ行ってしまった。