透明人間

 そんな懐かしい過去に浸りながら、私は時計を見るために寝返った。そして眠っている昇の顔と向き合った。少し照れた。久しぶりに昇の寝顔を見たからだ。新婚時代以来、こんなにはっきりと向き合ったことはない。あの時もそうだ。たまの同じ日に休みがあった。そんな日に、どこも出かける当てもなく、前夜、私は遅く起きることに心決めた。そして翌朝、目を覚ましたら、昇の顔が合った。突然のことに戸惑った。こんな朝早くに起きるわけでもなかったし、今日一番に見たものが昇の寝顔の予定でもなかった。今にも崩れそうなぼろアパートの天井か壁か、もしくは昇の背中で、これは予想外だった。別に不愉快でなかったにしろ、愉快でもなかった。しかし今もそうであるが、不思議で不気味に穏やかだったのは間違いなかった。こんな朝で大丈夫だろうか、などと思いながらも、私は冷えた外へは出ずに、猫のように丸くなっていたのも覚えている。まったく今の状況と同じ。何の目的もなく、あえていうならば、その何もしないというのを目的で、今ここから出るのを拒んでいる。

 時計の時間を見て、まだ時間に余裕があることを確認し、再び静かに眠る昇を見た後、だんだん日差しが強くなる窓に向き直った。そのままもう一眠りしようかと思えば、あまりのまぶしさに勝手にまぶたは光を閉ざした。しかし真正面に明かりを浴びる時、どんなにまぶたを閉ざそうとも、雨漏りのように、目に染み込む。

 そんな誰もが無駄だと思うような時間を過ごしていると、背後から目覚まし時計のアラーム音が聞こえた。

 突然のことに、私は目を全開に見開いた。そして不意に日差しが私の目に洪水のようにどっと注がれた。顔を伏せ、目を手で覆い隠す。そのまま体を反転し、あいている方の手で目覚まし時計を止めた。眩しい日差しもなくなったので、手を目の前からどけ、目をゆっくりと開けた。昇はまだ息を殺して寝ていた。静かに眠れ、とう言葉がふさわしい。このまま一日、何事もなかったかのように寝かせたいと思っている。

 そしてゆっくりと起き上がろうとしたその時、昇のベッドから一本の手が伸びた。その手は私の腕をつかんだ。