皇 麗夜は、無言でわたしの向かい側のソファーに腰を下ろした。彼の後から部屋に入って来た男は、わたしと視線が合うなりニコリと微笑んだ。
その柔らかい微笑みはいつも、変わらない。
「久しぶりだね、十百香ちゃん。髪の毛染めたんだね。綺麗だよ。」
別に、好きで染めたわけじゃない。ただ染めるよう言われたからそうしただけ。
わたしは優しい彼に苦笑を返した。
「…へぇ〜。碧 Aoi の知り合い?珍しいね、女の子の知り合いなんて。」
今まで敵意を向けていた筈の、この中では一番小柄な男が好奇心を含ませた声音で言った。
金のメッシュが入った髪に、右耳に三つのピアス。その男に見つめられ、わたしはただ無感動に見遣る。
「知り合いってか、幼なじみ?…止めときなよ、朱馬 Shuma 。その子、麗夜のモノだから。」
碧くんのこういう所は嫌いだった。
わたしは誰のものでもないはずなのに、碧くんの中で藍染 十百香という存在は皇 麗夜のモノと認識されている。
しかも、それが初対面の時からだったから困るのだ。
碧くんの言葉に、朱馬と呼ばれた男だけでなく、先ほどから痛いほどの敵意を向けてくる男が目を見開いた。
それが驚愕を示しているのはどうでもいい。わたしはただ、皇 麗夜に用があるのだから。
「…頼み事が、あるの…。」
口を開いた途端、部屋に緊張感が渦巻く。
わたしは強い懇願を瞳に宿し、皇 麗夜を真っ向から見つめる。
「……有花 Yuka ちゃんを、助けて、ほしいの…。」
普段から無口な部類に入るわたしは、声が震えないようにするだけで精一杯。
誰にも口を挟まれないよう、次の言葉を考える。
…どうすれば、皇 麗夜が手を貸してくれるのか。
わたしは、失敗するわけにはいかない。
「…お願い、助けて…っ。…有花ちゃんが『EnD L』に狙われていて……、それで…、このままだと……。」
言葉を発するのは簡単だけれど、思いを口にするのは難しい。単語を繋げて伝えることはいつだって難しく、中々伝わらない。
…一つ一つの、言葉の重みを考えなくてはならない。
「…わたし、知らなくて…。有花ちゃんに相談されて、それで…『EnD L』の大和 Yamato って人が来て…。」
「何処に来たんだ。」
紅、という名前を口にしただけで部屋の空気が何倍にも下がった。
ただ言葉を発しただけなのに、それだけで皇 麗夜はカリスマ性を感じさせる。

