瑠里の部屋に初めて上がった日からこの1ヶ月の間、流二は度々瑠里の部屋に入れてもらえるようになった。


今日も、瑠里が夕食を作ってくれると言うので遠慮なく瑠里の部屋にお邪魔している。
ようやく瑠里の部屋にいる事に緊張しなくなっており、流二は許される程度に自由に振る舞うようになっていた。

今日はどうやら唐揚げのようだ。
油で揚げる音が聞こえてきて流二の食欲もそそられる。


瑠里がテーブルに料理を運び始めたので、流二はテレビを観るのをやめて、瑠里の手伝いをする。


最近は瑠里の表情も柔らかくなってきており、流二の心は更に瑠里へと惹かれていく一方だ。
会話も流二の一方的なものばかりではなくなり、瑠里も会社での友達や先輩の話や昔の話などをしてくれるようになった。


美味しくお腹が満たされて、いつものように流二は後片付けを手伝い終わると身支度を始める。


勿論、流二はまだ瑠里の部屋に泊まったことは無い。
それどころか未だに瑠里に指一本触れたことは無かった。


「帰るの?」


瑠里は流二を見上げる。


「うん。また、明日。」


流二は優しく微笑むと廊下に出ようとした。


「流二さん、あの…」


瑠里に呼び止められるのは初めてだった。
流二はすぐに振り返り瑠里を見つめる。


瑠里が言うことは自分が出来ることなら何でもしてやりたかった。

「ん?どうした?」


瑠里は言いづらそうに口ごもる。

そして、少ししてから

「もう少し、一緒にいたい…」


そう言ったのだ。


流二は少しだけ悩んだが、「俺も。」と答えて瑠里の頭を優しく撫でた。
瑠里は少しだけ驚いていたが、引っぱたかれることはなかったので、許容範囲だったのだろう。と流二は安心する。

瑠里は、お茶を入れると言ってキッチンへと向かったので流二は鞄と上着を下ろしてイスに座った。

初めて触った瑠里の頭は小さくて、髪は思っていたよりもずっと柔らかでフワフワした触り心地だった。
流二は瑠里を撫でた右手を眺めて惚けていると、目の前に湯気をたてたお茶が出された。



特にこれと言って大した話をするわけでもなく穏やかな時間が流れ、いつもより少し遅くに流二は帰ったのだった。




****

流二は、いつもの待ち合わせ場所である会社の駐車場で瑠里を待っていた。


車の中で窓を開けたまま煙草を吸っていると、同じ会社の男2人が話しながら駐車場へやってくる。
話し声が聞こえてくると、どうやら自分の事を噂されているようだった。

「えー、本当にまだあの二人続いてるのか?」

「そうみたいですよ。あの女確かに顔は可愛いかもしれないですけど、あの性格は厄介ですよね。僕なら絶対彼女にはしたくないな。」

「倉崎もモノ好きだよな。あんな女彼女にするなんて。」



ーああ。いつもの噂話か。

流二は思った。
"倉崎"とは流二の名字である。

営業部の倉崎 流二はモノ好きな野獣。
開発部の大野 瑠里は男嫌いの美女。


流二はもう噂されるのには慣れたし、瑠里と付き合うことになった時から覚悟は出来ていた。


瑠里が入社してきた時、新入社員の中でも瑠里はダントツで可愛かった。
そして、今現在も社内ではトップクラスで可愛い。

男性社員も、そんな瑠里が男嫌いであるのに彼氏を作るため、興味があるのだ。
何だかんだ悪く言いながらも、皆彼女の事が気になって仕方ないのだろう。

流二は"フー"と煙草の煙を吐くと、携帯用の灰皿に煙草を押し付けた。



それから少しして瑠里が駐車場に現れて、流二の車を見つけると柔らかく微笑みながら車に近づいてくる。


「ごめんね、待った?」

「ううん。煙草吸って一息ついてたから。…帰るか。」

「うん。」



いつもの様にどこか寄りたいところがないか聞くと、瑠里がスーパーに寄りたいと言うので瑠里のマンションに近いスーパーに向かった。

スーパーに着くと、流二はカゴを持って瑠里の後ろに付いていく。


「流二さん、何が食べたい?」

「うーん。昨日は、豚カツだったから今日は魚が食いたいかも。」

「魚かぁ。何がいいかな~。」

瑠里が鮮魚コーナーに歩いて行く。
流二は緩んでいく口元に気をつけながら歩く。
どうやら今日も瑠里が夕食を作ってくれるようだ。
ここ最近は平日は毎日瑠里が夕食を作ってくれている。
会話も砕けてきて、笑ったり、微笑んだり、拗ねたり、瑠里の表情が豊かになってきた変化が嬉しい。

「あ、ブリがある!ブリの照り焼きにしようかな~。流二さん大丈夫?苦手じゃない?」

「ああ。苦手じゃないよ。ブリ好き。」

「ふふっ。流二さんはあんまり苦手な食べ物とかないよね。」

「そうだな。あんまりないかも。瑠里は?」

「私はレバーだけはどうしても無理だな。あれは絶対に無理!」

「へー。残念。俺レバー大好きなのにな。」

「嘘!そうなの?…じゃあ、今度レバーの料理…作った方がいい?」

「ははっ。嘘。俺もレバーはあんまり得意じゃないから遠慮しとく。」

「もう!すぐそうやってからかうんだから!」


瑠里は頬を膨らませてフイッとそっぽを向く。
流二はそんな瑠里を優しい眼差しで見つめながらカゴを持っていない方の手で瑠里の頭をクシャクシャと撫でたのだった。