「おおきに、お茶のおかわりどうどすか?」

その頃久米はあの男のところに行き、接客をしていた



「ああ、かたじけない。ところであんたの店の主は?」
思い出したように男は問いかける


「申し遅れました、恐れながらうちがこの店の女将 久米どす。以後お見お知りおきを」


「女将か、俺は斎藤一(サイトウハジメ)だ」
「斎藤はんどすか、先程はうちの若いのが作ったおひたしを褒めていただいたようで…おおきに、大層喜んでおりましたわ」

それを聞くと斎藤は、ふっと口元をほころばせて「あれは本音だ」と静かに告げる




「時に女将、その若いのはお前の娘か?お前と違ってなまってない様だが…」

「へえ、あの子は江戸の生まれどす。ここ数年前に身ひとつで京の都に来た言うてました、それでうちの店に住み込みで働かせてほしいて…親はもう幼い頃に亡くなったとも聞きましたよ」


「……」
「元気に今は笑ってくれてるからええどすけどな」

「そうか」



「なんや野暮なことをお客さんに…すんまへんなぁ」


「ああ、いや。聞いたのは俺だ、気にするな」

「おおきに」



すると斎藤は定食を残さず平らげると、銭を置き「馳走になった」と言ってふらりと去って行った




「不思議な方やったなぁ…またお越し下さい」

そうつぶやく久米の言葉は、誰も聞いちゃいない騒がしい京の町に消えていった