あぁ、そんなこともあったな。なんてまるで他人事のように思い出していた。


ちょうど夕餉を作り終え、広間に運ぼうとした時。よく知る足音が近付いてきた。


「おや、春さん。お疲れ様です」


「山南さん」


これからしばらくの監視対象……いわばターゲットである山南さんだった。


「どうしましたか」


そう言えば、山南さんは今まで忘れていたようにあぁ、そうでした。と前置きして答えた。


「夕餉を取りに来たんです。広間でとるのは最近、性に合わなくなりまして」


「性に合わない……ですか」


「えぇ……。ゆっくりと静かに食べたく思えましてね。広間は、とても賑やかで面白いのですがね」


歳のせいですかね、と控えめな笑い声を漏らして言った山南さんの雰囲気は、私が謹慎する前とやはり、どこか変わっていた。


「春さんの料理は久しぶりです。やはり、美味しそうだ」


「ありがとうございます」


軽く会釈をすれば、山南さんは満足そうに小さく笑って、コトリと自分の部屋に戻ろうとした。


後で、堂々と部屋に行く理由が欲しいと思った私はとっさに山南さんを呼び止めた。


「山南さん」


「はい、なんでしょう」


「後でお茶を持って行っても宜しいでしょうか」


「あぁ……。そうですね、お願いします」


困る素振りを見せることもなく、終始柔らかな態度をとりつづけた山南さんは、またのっそりと足音をたてて台所を後にした。