月の女神



猫に問いかけても帰ってくるはずはないのだけれど。


ゆっくりと手を伸ばして頭を撫でても、大人しいままでちょっと安心した。


喧嘩していたときみたいに、攻撃でもされたらやっぱり怖いから。

ひっかかれると痛いだろうし。

よしよし、と撫でて見てみる。



…と。


目を凝らせば見れた、右の前足。


黒い毛並で覆われたそこが、濡れていて。

アスファルトには少しだけ血が流れていた。


「痛いなぁ?」


引っかかれたのか、それともかみつかれたのか。


動物も人間と一緒だ。


痛いとは言えないだろうけれど、痛いだろう。

怪我している猫を見つけてしまった以上、じゃあねと帰るわけにはいかない。


猫を飼ったことなんてないから、分からないけれど。


…人間と同じような手当でも大丈夫かな?

消毒ぐらいは、してあげたいな。


猫の頭に手を乗せたまま、自分のアパートを見上げる。

確か救急箱にまだ一回も開けていない消毒液があったはず。


消毒液の置き場所を頭の中で思い浮かべて、もう一度猫へと視線を戻す。



「ちょっと待っててね。消毒してあげるから」