月の女神




もう一度、最初からゆっくりと読んでみる。心の中にすとん、と暖かい何かが落ちてきた感覚になる。僕はその後も数回、文に目を通した。


そして思い出す。


これを書いてくれた子。一番最後まで時間をかけて書いてくれてたあの子。そうだ。あの子のだ。


気付けば、顔がいつの間にか笑っていて。


…嬉しかった。もっと、頑張ろうって思った。


忘れてたんだ。仕事に必死で。何を思って教師になりたいと思ったのか。


毎日毎日自分の不甲斐無さに嫌になって。

僕はもともと、歴史に興味がある子がもっと好きになれるように、苦手な子が少しでも好きになってもらえるように。

歴史の素晴らしさを、なるべく多くの生徒に理解してもらいたいって思ってたんだ。


確かに教え方はまだまだ下手だけれど、さっきの50分間で一人でも、歴史に興味のない子が興味を持ってくれた。

それだけでも、今回の授業をさせて貰った甲斐がある。


実際に就職する前に心に持っていて、忙しさでいつの間にか忘れてしまっていた初心。


それを、思い出させてもらういい機会だった。


じんわりと幸せな気持ちになってくる。



プリントの上の方へと視線を移すと、名前。

松岡…月菜…

つきな?

不思議に思い、授業が始まる前に貰った名簿で確認。


あぁ、るな、か。


「るな」


声に出してみると、音の響きと漢字で、

僕の知っているギリシャ神話の月の女神が頭に浮かんだ。

―――助けられた。感謝だ。


この言葉を貰えなかったら

僕はもしかしたらここで疲れ切って、このまま辞めていたかもしれない。




情けないけど。