あの一瞬の走りが

いや、風と言った方が正しいのかもしれない。


100mという距離を、彼は風となって走り切った。


あたしはその日から、風に恋をした。


彼の

風に。


顔はよく覚えていない。

だけど、彼は日に焼けた茶色い髪と小麦色の肌をしていた。


綺麗な色だなって思ったから覚えている。


名前はわからない。


あと、あたしがわかることと言えば、タイムと年齢。


タイムは確か、10"34。


あたしと同じ年でこんなに速く走れる人間んがいたことにあたしは驚いた……ってもんじゃない。


中学生にしては驚異的なタイム。



彼だけがずば抜けていた。


彼だけが風になれた。



わかるのはそれだけ。


だって、中学の遠征の帰りにたまたま行われていた試合に立ち寄っただけなのだから。


だけど、何もしないでこのままもうあの風を感じないで終わるのは嫌だった。



……というわけで、藁にでもすがる思いであたしは毎月500円を払ってこの雑誌を買っている。


雑誌に載っているタイムを見てみても、高校生でさえ、彼に勝るのはほんのわずか。


しかも、勝っているのはみんな年上ばかり。